Phase013 【ロケ地】川崎市麻生区多摩美/多摩美界隈②『かしわや』

【かしわや】

かつて、『小田急線/読売ランド前駅』から『東映生田スタジオ』(跡地)への道中に、一軒の駄菓子屋が建っていた。
昭和の香りを漂わせるそのお店は、店名を『かしわや』といった。

小さな社交場に、小銭を握りしめた子供たちが集う。
上下左右、所狭しと並べられた駄菓子の群れに、子供たちの目は往ったり来たり。
その子供たちを優しく見つめるのは、店主の柏倉ミエ子さん。
中には、その日あった学校の出来事を夢中で話し聞かせる子供たちも。
相槌を打ちながら、頬を緩める柏倉さん。
買い物に立ち寄らない子供たちも、必ず挨拶だけはしていく。
たくさんの子供たちから親しまれ、慕われていた柏倉さん。
そんな光景を何度、目にしただろうか・・・。

2016年・夏―。
柏倉ミエ子さん、他界。
間も無くして、『かしわや』は取り壊されてしまった・・・。

今回は、哀悼の意を込め、故・柏倉さん、『かしわや』に纏わる思い出を綴りながら、その考証を行ってみたいと思う。

2004年4月29日、『マンションニューランド』(『東映生田スタジオ』御用達の名ロケ地の一つ。後日、改めて取り上げる予定)を後にした愚生と我が息子は、休憩を取るため遠方に見えた一軒のお店へと向かった。
それが『かしわや』、そして柏倉さんとの出会いだった。
愚性は缶コーヒーを飲み、息子はチョコチップの入ったアイスクリームを店先で頬張っていたが、その時、ふと頭を過ぎったのが、『仮面ライダー』第76話「三匹の発電怪人シードラゴン!!」に登場する「怪獣のカンヅメ・モンスター」を販売するお店。
迷わず、そのお店=『かしわや』か?と、柏倉さんに尋ねてみることに・・・(実際は違っており、このお店についても、後日、改めて考証を行う予定)。
以来、この地を訪れる際には必ず『かしわや』にも立ち寄り、楽しい時間を過ごさせて頂くこととなった。

お会いする度に、色々と面白い話をしてくださった柏倉さん。
中でも興味深かったのは、当時、『東映生田スタジオ』には見学に訪れる子供たちが後を絶たず、『仮面ライダー』制作時には、「変身ベルト」が盗まれることも少なくなかったというお話。
お店の前をそれらしき子供が走って行かなかったかと、慌てたスタッフらが血相を変えて尋ねてくることが度々あったという。
また当時は、コンビニという形態のお店が存在しなかったため、撮影が深夜にまで及んだ場合、「何か食べ物を売ってください!」と、夜食を求めてシャッターを叩くスタッフも少なくなく、時には夜中の0時を回ることもあったとか。
柏倉さん曰く、「今のご時世なら恐くて出られませんが、あの時代はそのような事もありませんでしたし・・・。それに、私も若かったので、いくら寝ていても、ちゃんと起きて応対していましたよ」とのこと。

その他にも、佐々木剛、天本英世(柏倉さんは、ズバリ〝死神博士〟と仰っていた)らも、よくパンや牛乳を買いに来たこと(佐々木が来店する時はバイクで来ることが多かったという)、当時、『かしわや』から30m程北へ行った場所にスナックがあり、関係者が頻繁に飲み会をしていたこと、また森本レオや津山登志子らも頻繁に来店していたこと(森本レオは『好き!すき!!魔女先生』、津山登志子は『どっこい大作』出演時と思われる)、その『好き!すき!!魔女先生』には、柏倉さんのお子さんも一度エキストラで参加されたこと(手当てはお弁当+700円だったが、出演場面はカットされたという)などなど、当時からスタジオ近くでお店を構えていらっしゃったからこそ体験し得た貴重エピソードのオンパレード。
そんな楽しいお話を伺うことは、もう叶わない・・・。

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上:2004年4月
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左:2004年4月
右:2011年7月
いつも屈託の無い笑顔で相手をしてくださった、『かしわや』の店主、故・柏倉ミエ子さん。
初めて訪れた時には、未だ当時のままだったお店の看板は、後年に改修された。


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上6枚:『仮面ライダーV3』第27話より
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上:2010年12月
掲載した映画像は、当時の『かしわや』店舗上部が記録された希少な一連で、『仮面ライダーV3』第27話「生きかえったゾル・死神・地獄・ブラック」において、猛毒ガス・ギラードガンマーを散布するデストロン戦闘員。
トラックは、『かしわや』の前の道路を南から北へ走行している。


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上3枚:『どっこい大作』第29話より
P01306
上:2016年4月
『東映生田スタジオ』作品において、『多摩美界隈』がロケ地として多用されたのは、これまで述べてきたとおり。
しかしながら、『かしわや』をそのフィルムの中に見つけることは、思いの他容易くない。
但し、『どっこい大作』は例外。
中でも第3クール以降は、近くのお店を舞台に描かれたため、多くは僅かな映り込みではあるものの、結果としてその外観が数エピソードで記録されることとなった。
自動販売機が設置されていた場所には、当時、ベンチとアイスクリームの業務用冷凍庫が置かれていたことが分かる。


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左:『どっこい大作』第44話より
右:2004年4月
掲載した映画像は、『どっこい大作』第44話「ひらけハスの花」におけるワン・カット。
背後の看板は、まさに『かしわや』の旧看板。
色褪せてはいるものの、2004年4月の段階では、未だ使用されていたことが分かる。


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左:『どっこい大作』第23話より
右:2016年4月
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左:『どっこい大作』第30話より
右:2016年4月
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左:『どっこい大作』第31話より
右:2010年12月
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左:『どっこい大作』第33話より
右:2009年10月
「ロープで車の通行を止めて、前の道路でも色々と撮影をしていましたよ」(談/柏倉ミエ子氏)
柏倉さんは、具体的にどの作品、どの(ような)シーンだったかは憶えていないと仰っていたが、その多くは『どっこい大作』であったことは間違いない。


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左:『どっこい大作』第54話予告より
右:2016年4月30日
掲載した映画像は、『かしわや』の南側から捉えた、『東映生田スタジオ』作品では珍しいアングル。


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左:2009年8月
右:2009年10月
「お酒は売ってないですか?」
『仮面ライダー』制作時、突然、藤岡弘が来店。
しかし、『かしわや』ではお酒の取り扱いはしていなかった・・・が、柏倉さんは、咄嗟に貰い物の瓶ビールがあったことを思い出されたという。
「置いてないです。けど・・・もし、貰い物でもよろしければ・・・」
彼は、手渡された瓶ビールを握りしめるや否や、「じゃあ、お言葉に甘えて」と、その場で立ったままラッパ飲み!
掲載した写真は、藤岡がそのラッパ飲みをしたという、店を入ってすぐ右の場所。
「あっという間の出来事でしたけど、よく憶えていますよ」(談/柏倉ミエ子氏)


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左:2010年4月
右:2012年9月
『東映生田スタジオ』の北側には『よみうりランド』があり、言わずもがなそこは「東京ヴェルディ」の本拠地でもある。
そのユース以下の選手の中には、『小田急線/読売ランド前駅』から徒歩で練習に通う子供たちも少なくない。
彼らにとって、『かしわや』は、もう一つのクラブハウス的存在だったのかもしれない。
事実、レジの背後には、歴代選手のサイン色紙や写真が駄菓子と同じく所狭しと飾られていた。
「都並くん(編注:都並敏史氏)は、中学生の頃、練習帰りにお菓子やジュースを買いによく立ち寄ってくれました。澤さん(編注:澤穂希氏)も時々来ましたよ」(談/柏倉ミエ子氏)


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左:2007年12月
右:2012年9月
『東映生田スタジオ』に纏わる興味深いお話や周辺の変遷、更には観光地から政治経済まで、幅広くご教授頂いた柏倉さん。
帰り際には、いつも決まって商品である駄菓子を袋に詰めてくださった・・・。
「いいんですよ。どうせ道楽でやっているようなものですから」(談/柏倉ミエ子氏)


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上:2012年9月
「当時、朝6時くらいに窓を開けると、スタジオ関係者の出勤風景がここにはありました。普通は駅の方へ向かうのに、逆に駅の方から来る人はみんなスタジオ関係者だったんです。死神博士も歩いて来ていましたよ。子役として出演していた人達も学校を休んで来ていたんでしょうね。撮影の休憩時間なんかにはよくお菓子を買いに来ましたよ。みんな、礼儀のいい子でした」(談/柏倉ミエ子氏)


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上2枚:2016年9月
開業は1969年。
まさに、『東映生田スタジオ』の歴史を知る生き証人ならぬ、生き証店だった。
2016年、スタジオに通った人々の悲喜こもごも、そして多くの子供たちの成長を見守った『かしわや』は、その歴史に幕を閉じた。


(映画像掲載作品)放映順
『どっこい大作』第23話「ダメなオヤジの子守唄!!」(1973/6/18)
『どっこい大作』第29話「ヘンな奴らが集まった!!」(1973/7/30)
『どっこい大作』第30話「男一匹こなごなだ!!」(1973/8/6)
『どっこい大作』第31話「ふくらめ!パンパカパン!!」(1973/8/13)
『仮面ライダーV3』第27話「生きかえったゾル・死神・地獄・ブラック」(1973/8/18)
『どっこい大作』第33話「殺し屋にパンを投げろ!!」(1973/8/27)
『どっこい大作』第44話「ひらけハスの花」(1973/11/12)
『どっこい大作』第54話「ウソとハチのムサシ」予告(1973/1/21)第54話は1973/1/28放送


Phase013 End


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Phase012 【ロケ地】川崎市麻生区多摩美/多摩美界隈①PartⅥ

【多摩美界隈①(Y字路)PartⅥ】

■V字型擁壁周辺

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左:『ロボット刑事』第8話より
右:『ロボット刑事』第21話より
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上:2009年11月
V字型擁壁の上にあるフェンス。
その東側(擁壁上)から西側の坂道を捉えたアングルは、『ロボット刑事』第8話「雷が殺した?!」と『同』第21話「恐怖デンネツマン マザー爆沈!!」で多用された。
尚、フェンスは、時期によって張り方が異なり、『ロボット刑事』制作時は、西側の坂道沿いのみの設置だった。
掲載した写真は、各映像写真とは逆に坂道からの撮影。


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左:『イナズマン』第5話より
右:『秘密戦隊ゴレンジャー』第57話より
『イナズマン』第5話「大空中戦!かみつくライジンゴー!!」、『秘密戦隊ゴレンジャー』第57話「黒い包囲網!五つの顔のペギー」でも、フェンス内側から西側坂道を捉えたアングルが確認出来る。


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左:『ロボット刑事』第8話より
右:2015年9月
『ロボット刑事』第8話において、不可解な事故現場を捜査するKと新條強(演/千葉治郎)。
撮影は、西側の坂道上から。
フェンスは既に改修されている。


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左:『ジャッカー電撃隊』第14話より
右:『超神ビビューン』第23話より
『ジャッカー電撃隊』第14話「オールスーパーカー!!猛烈!!大激走!!」では、ボーン(演/デビット・フリードマン)が、莫大な金塊の在り処を記す地図を隠したポルシェ930ターボの鍵を、兼子真(演/兼子真)と切替徹(演/切替徹)に託すシーンが、フェンスの前で撮影された。
また同所では、『超神ビビューン』第23話「ごちそうがいっぱい?恐怖の妖怪病院」で、血まめがビビューンらを襲撃するシーンも撮影されている。


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左:『超神ビビューン』第23話より
右:2015年5月
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上:2012年9月
『超神ビビューン』第23話におけるビビューンと血まめの戦闘シーンでは、よく見ると、トランポリンが見切れているのが分かる。
尚、この時期のフェンスは、現在のものと同じと思われる。


DS7162
上:2012年12月
V字型擁壁とフェンス。
かつて、この何気ない町の一角で、子供達を夢中にさせる数々のシーンが撮影された。


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上3枚:『仮面ライダー』第90話より
P01203
上:2010年12月
『仮面ライダー』第90話「恐怖のペット作戦 ライダーS・O・S」で、ネズコンドル2号が作業員を襲ったのは、Y字分岐部南にある暗渠(当時は開渠)入口付近。
上掲したフェンスの東側にあたる。


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左:『超人バロム・1』第13話より
右:『イナズマン』第20話より
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左:『仮面ライダーアマゾン』第4話より
右:『仮面ライダーアマゾン』第14話より
P01204
上:2012年9月
補修はされているものの、コンクリート部分にはひび割れの痕跡が認められる。


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左:『仮面ライダー』第90話より
右:『仮面ライダーV3』第48話より
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左:『仮面ライダーアマゾン』第4話より
右:『仮面ライダーアマゾン』第19話より
この暗渠は、開口部から僅かに行ったところで、北東側に屈曲しているのが特徴。
『仮面ライダーV3』第48話「見た!デストロン首領の顔!!」では、真空状態の密室に幽閉されたV3とライダーマンが、立花藤兵衛(演/小林昭二)の助けにより脱出するシーンが撮影された。


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左:『仮面ライダー』第90話より
右:2012年9月
掲載した映画像は、新型ペスト菌を備えたネズコンドル2号のカットで、暗渠開口部から西側擁壁を捉えたアングル。
この直後、ネズコンドル2号に襲われた作業員は、仲間の作業員を襲い、更に感染は拡大していく。


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左:『仮面ライダーアマゾン』第4話より
右:2012年9月
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左:『仮面ライダーアマゾン』第19話より
右:2012年9月
『仮面ライダーアマゾン』第4話「走れ!怒りのジャングラー!!」では暗渠開口部より南側を捉えたアングル、『同』第19話「出動、ガランダー少年部隊!!」では、V字型擁壁上から暗渠開口部を捉えたアングルも確認出来る。


DS1502
上:2007年12月
現在、開口部のフェンスは目の細かいものに改修されており、事実上、中の様子は確認出来なくなっている(掲載した写真は、改修前)。


(映画像掲載作品)放映順
『超人バロム・1』第13話「魔人タコゲルゲが子供をねらう!」(1972/6/25)
『仮面ライダー』第90話「恐怖のペット作戦 ライダーS・O・S」(1972/12/16)
『ロボット刑事』第8話「雷が殺した?!」(1973/5/24)
『ロボット刑事』第21話「恐怖デンネツマン マザー爆沈!!」(1973/8/23)
『イナズマン』第5話「大空中戦!かみつくライジンゴー!!」(1973/10/30)
『仮面ライダーV3』第48話「見た!デストロン首領の顔!!」(1974/1/12)
『イナズマン』第20話「星円盤を追え!ライジンゴー!!」(1974/2/19)
『仮面ライダーアマゾン』第4話「走れ!怒りのジャングラー!!」(1974/11/9)
『仮面ライダーアマゾン』第14話「十面鬼死す!そして新しい敵!?」(1975/1/18)
『仮面ライダーアマゾン』第19話「出動、ガランダー少年部隊!!」(1975/2/22)
『秘密戦隊ゴレンジャー』第57話「黒い包囲網!五つの顔のペギー」(1976/7/31)
『超神ビビューン』第23話「ごちそうがいっぱい?恐怖の妖怪病院」(1976/12/21)
『ジャッカー電撃隊』第14話「オールスーパーカー!!猛烈!!大激走!!」(1977/7/16)


Phase012 End


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テーマ : 特撮
ジャンル : サブカル

Phase011 【ロケ地】川崎市麻生区多摩美/多摩美界隈①PartⅤ

【多摩美界隈①(Y字路)PartⅤ】

■Y字路分岐部

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上3枚:『好き!すき!!魔女先生』第8話より
P01101SS
上:2007年12月
上に掲載した『好き!すき!!魔女先生』第8話「うそつき先生」の三枚の連続映画像は、Y字分岐部にカメラを置き、西側の坂道から東側のなだらかな坂道へパンしたもの。
このアングルも、『東映生田スタジオ』では重宝された。


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上3枚:『仮面ライダーアマゾン』第23話より
P01102SS
上:2010年12月
『仮面ライダーアマゾン』第23話「にせライダー対アマゾンライダー!!」では、逆に東側のなだらかな坂道から西側の坂道へパンした映像が確認出来る。


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左:『ロボット刑事』第8話より
右:『イナズマン』第15話より
P01103SS
上:2010年4月
当時、Y字路分岐部南側には、その下を流れる開渠(現在は暗渠)への転落を防止するために、コンクリート柱が設置されていた。
後に、その北側に緑色のフェンスが設置される(少なくとも、2008年12月までは存在)も、人為的な劣化が顕著となり、2009年、現在のような白いガードレールと新たなフェンスに改修されている。


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左:『仮面ライダー』第38話より
右:2011年10月
『仮面ライダー』第38話「稲妻怪人エイキングの世界暗黒作戦」開巻部、関明美(演/関口昭子)の悲鳴を聞きつけ、駆け寄る学生二名(演/不明)のカット。


01110 011111 0111201113 01114 01115
上6枚:『イナズマン』第5話より
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上6枚:『ジャッカー電撃隊』第11話より
P01106SS P01107S
上2枚:2007年12月
何れもY字路分岐部やや西側からのアングル。
『イナズマン』第5話「大空中戦!かみつくライジンゴー!!」の一連は、東側のなだらかな坂道から西側の坂道へのパン。
その約三年半後に放送された『ジャッカー電撃隊』第11話「13ジャックポット!!燃えよ!友情の炎」でも同様のパン映像を見ることが出来る。


01122 P01108S
左:『仮面ライダーV3』第12話より
右:2010年12月
『仮面ライダーV3』第12話「純子が怪人の花嫁に!?」で、風見四郎(演/宮内洋)が「セントラル・スポーツ」(ライダー隊本部)に現れた怪しい男を尾行するするシーンの前半部分が、Y字路周辺で撮影された。
二人は、西側の坂道を下り、東側の坂道へと右折する。


01123 P01109SS
左:『イナズマン』第15話より
右:2010年12月
『イナズマン』第15話「影をくわれたお母さん」のラスト・シーンも同様、渡五郎(演/伴直弥)らは、西側の坂道を降りてきてY字路を右折する。


01124 P01110S
左:『透明ドリちゃん』第23話より
右:2014年9月
『透明ドリちゃん』第23話「超能力おじさんの正体」でも使用されたY字路分岐部。
西側の坂道を小走りに駆けてきた白川大介(演/安藤一人)は、ここを右折する。


01125 P01111S
左:『仮面ライダーV3』第12話より
右:2010年12月より
01126 P01112S
左:『イナズマン』第20話より
右:2008年12月
01127 P01113SS
左:『イナズマン』第20話より
右:2010年12月
01128 P01114S
左:『仮面ライダーアマゾン』第13話より
右:2012年9月
西側の坂道と暗渠(当時は開渠)との間には、上から見るとV字型をした擁壁が設置されている。


P01115S

P01116S
上:2004年4月
下:2012年9月
西側の坂道とV字型擁壁の先端。


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上2枚:『アクマイザー3』第25話より
P01117S
上:2015年9月
『アクマイザー3』第25話「なぜだ?!ガブラが鳥になった」で、美川あけみ(演/北原ひろみ)と大八(演/脇谷透)姉弟が兵士アグマーに襲われたのもY字路分岐部。


01131 DSC07166
左:『仮面ライダー』第38話より
右:2012年12月
『仮面ライダー』第38話「稲妻怪人エイキングの世界暗黒作戦」開巻部、関博士の娘・明美が、エイキングの出現に悲鳴を上げるカットは、Y字路分岐部西側の擁壁沿いで撮影された。
但し、現在はその一部を残すのみで、具体的な場所の特定は困難。


01132 01139
左:『仮面ライダー』第38話より
右:『秘密戦隊ゴレンジャー』第66話より
同エピソードでは、関親子の劇中写真の背景にも使用された。


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左:『好き!すき!!魔女先生』第8話より
右:『好き!すき!!魔女先生』第10話より
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左:『ロボット刑事』第8話より
右:『ロボット刑事』第21話より
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左:『どっこい大作』第26話より
右:『イナズマン』第15話より
その他にも、この擁壁前で撮影されたシーンは多岐に渡る。
『好き!すき!!魔女先生』第10話「神風道中 東京―大阪!!」では、月ひかる(演/菊容子)のムーンライト・パワーで、自転車が将棋倒しになるカットも、この擁壁前で撮影されている。
『どっこい大作』第26話「ゴメンよ!!母ちゃん!!」開巻部では、前回までのモンタージュで使用された。


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左:『仮面ライダーV3』第45話より
右:2012年9月
『仮面ライダーV3』第45話におけるブラックサンタ(演/藤沢陽二郎)と結城丈二(演/山口暁)の対峙シーンでは、西側坂道にカメラを置き、Y字路分岐部寄りの擁壁を捉えたアングルも確認出来る。


01141 01142
左:『ロボット刑事』第8話より
右:『ロボット刑事』第21話より
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左:『イナズマン』第20話より
右:『仮面ライダーストロンガー』OPより
P01119S
上:2012年9月
これら映画像も、西側坂道から北西側にカメラを向け、擁壁を捉えたアングル。
それぞれ捉えている擁壁は厳密には異なるが、何れもY字路分岐部よりもやや南側と思われる。


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左:『どっこい大作』第25話より
右:『ロボット刑事』第21話より
01146 P01120S
左:『ジャッカー電撃隊』第9話より
右:2010年9月
『どっこい大作』第25話「157番目のラブレター!?」、及び『ロボット刑事』第21話「恐怖デンネツマン マザー爆沈!!」で登場する屋台は、共にY字路分岐部西側の擁壁沿いに設置された。


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左:『アクマイザー3』第25話より
右:2015年9月
『アクマイザー3』第25話「なぜだ?!ガブラが鳥になった」で映し出された、Y字路分岐部西側の擁壁上部。


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左:『超神ビビューン』第23話より
右:2015年5月
『超神ビビューン』第23話「ごちそうがいっぱい?恐怖の妖怪病院」で、ビビューンが血まめと対峙したのは、西側にある擁壁上部。
住宅が建ち並ぶ以前で、まだ殺伐とした雰囲気が漂っている。
掲載した写真は、今も一部残る擁壁上部を写したもの。


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左:『透明ドリちゃん』第25話より
右:2014年9月
『透明ドリちゃん』第25話「さようなら妖精たちよ」で映し出されたのは、Y字路分岐部から煽りのアングルで捉えた擁壁上部。


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左:『超人バロム・1』第27話より
右:2010年9月
01152 P01126S
左:『ジャッカー電撃隊』第14話より
右:2012年11月
掲載した映画像は、東側のなだらかな坂道からY字路分岐部を捉えたアングル。

(映画像掲載作品) 放映順
『好き!すき!!魔女先生』第8話「うそつき先生」(1971/11/21)
『好き!すき!!魔女先生』第10話「神風道中 東京―大阪!!」(1971/12/5)
『仮面ライダー』第38話「稲妻怪人エイキングの世界暗黒作戦」(1971/12/18)
『超人バロム・1』第27話「魔人キバゲルゲが赤いバラに狂う!!」(1972/10/1)
『仮面ライダーV3』第12話「純子が怪人の花嫁に!?」(1973/5/5)
『ロボット刑事』第8話「雷が殺した?!」(1973/5/24)
『どっこい大作』第25話「157番目のラブレター!?」(1973/7/2)
『どっこい大作』第26話「ゴメンよ!! 母ちゃん!!」(1973/7/9)
『ロボット刑事』第21話「恐怖デンネツマン マザー爆沈!!」(1973/8/23)
『イナズマン』第5話「大空中戦!かみつくライジンゴー!!」(1973/10/30)
『仮面ライダーV3』第45話「デストロンのXマスプレゼント」(1973/12/22)
『イナズマン』第15話「影をくわれたお母さん」(1974/1/8)
『イナズマン』第20話「星円盤を追え!ライジンゴー!!」(1974/2/19)
『仮面ライダーアマゾン』第13話「迫る!十面鬼!危うしアマゾン!!」(1975/1/11)
『仮面ライダーアマゾン』第23話「にせライダー対アマゾンライダー!!」(1975/3/22)
『仮面ライダーストロンガー』OP(1975/4/5)
『アクマイザー3』第25話「なぜだ?!ガブラが鳥になった」(1976/3/23)
『秘密戦隊ゴレンジャー』第66話「赤い人質交換!! バットラー大爆撃」(1976/10/30)
『超神ビビューン』第23話「ごちそうがいっぱい?恐怖の妖怪病院」(1976/12/21)
『ジャッカー電撃隊』第9話「7ストレート!! 地獄の必殺拳」(1977/6/4)
『ジャッカー電撃隊』第11話「13ジャックポット!!燃えよ!友情の炎」(1977/6/25)
『ジャッカー電撃隊』第14話「オールスーパーカー!! 猛烈!! 大激走!!」(1977/7/16)
『透明ドリちゃん』第23話「超能力おじさんの正体」(1978/6/17)
『透明ドリちゃん』第25話「さようなら妖精たちよ」(1978/7/1)


Phase011 End


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Phase010 【ロケ地】川崎市麻生区多摩美/多摩美界隈①PartⅣ

【多摩美界隈①(Y字路)PartⅣ】

■坂道西側擁壁沿い階段周辺

01001 01003
左:『仮面ライダー』第38話より
右:『ロボット刑事』第21話より
P01001S
上:2007年12月
坂道の西側にある擁壁、その中程に設けられた階段周辺でも数々のシーンが撮影された。
現在、その南北両サイドにはガレージが設置されている。


01005 P01002S
左:『仮面ライダー』第38話より
右:2009年11月
01002 P01003S
左:『ロボット刑事』第8話より
右:2015年12月
01006 P01004S
左:『どっこい大作』第25話より
右:2016年4月
望遠の違いはあるが、Y字路分岐部にカメラを置いてのアングルも多用された。
何れもよく見ると、擁壁の切れ目に階段の手摺りが確認出来る。


01004 P01026S
左:『イナズマン』第20話より
右:2007年12月
『イナズマン』第20話「星円盤を追え!ライジンゴー!!」では、怪しい気配に目を覚ました渡五郎(演/伴直弥)が、この階段を駆け下りてくるシーンが撮影された。


01008 P01027S
左:『ジャッカー電撃隊』第14話より
右:2012年12月
01009 P01006S
左:『超神ビビューン』第23話より
右:2016年4月
夜間撮影では、切れ目となるこの階段が具体的場所を教えてくれる。


01007 01010
左:『どっこい大作』第44話より
右:『仮面ライダーアマゾン』第4話より
P01007S
上:2007年12月
昼間のシーンだと、擁壁の切れ目がよく分かる。


01011 01012
左:『アクマイザー3』第23話より
右:『透明ドリちゃん』第23話より
P01008S
上:2012年7月
階段両サイドのガレージを、『東映生田スタジオ』作品で確認することは出来ない。
因みに、「テレビマガジン ヒーローグラフィックライブラリー② 仮面ライダー」(1995年/講談社)に掲載されたスナップ写真を見ると、先に設置されたのは南側(坂道上手)のガレージだったことが分かる(尚、その三年前に発行された「ENTERTAINMENT BIBLE.44 仮面ライダー大図鑑5」(1992年/バンダイ)の掲載写真では、未だ当時の状態が維持されていたことが分かる)。


01013 P01028S
左:『仮面ライダーストロンガー』第39話より
右:2010年4月
P01030 P01029S
左:5円引きブロマイド(山勝)
右:2007年12月
P01031 P01032
上:6連カード(天田印刷加工)
この階段自体は、寧ろ他の『東映生田スタジオ』作品で重宝されたにも関わらず、ここに立つライダー2号の姿は非常に印象深く、記憶に留めている方も多いのではないだろうか。
それは、関係者らの間で「怪人軍団撮影会」と呼ばれた、マスコミ向け撮影会の第三回目が行われたのがこの階段を含めた坂道周辺で、その際に撮られたスチールが、当時の児童向け書籍やブロマイド、或いは「カルビー 仮面ライダースナック」(後に、「カルビースナック 仮面ライダー」に名称変更)に付いていた所謂「ライダーカード」などに頻繁に用いられたためである。
DVDは勿論、ビデオさえ普及していなかった当時、紙媒体で紹介された、本編では見ることの出来ない数多くの特写スチールは、子供達に強烈なインパクトを与えた。
尚、『仮面ライダーストロンガー』第39話「さようなら!栄光の7人ライダー」のラスト・シーンでは、この時に撮られた一枚が挿入使用されている。


01014 P01010S
左:『仮面ライダー』第36話より
右:2007年12月
『仮面ライダー』第36話「いきかえったミイラ怪人エジプタス」では、歴史学者・剛田博士(演/奥野匡)親子の劇中写真の背景に使用されている。
この他にも、『東映生田スタジオ』作品の劇中写真には、『多摩美界隈』の風景が数ヶ所使用されている。


01015 P01011S
左:『仮面ライダーアマゾン』第9話より
右:2010年4月
『東映生田スタジオ』作品において、意外にもこの煽りのアングルは珍しい。


01017 01016
左:『超人バロム・1』第27話より
右:『仮面ライダーアマゾン』第9話より
P01012S
上:2012年09月
階段前北側よりやや煽りのロー・アングル。
『超人バロム・1』第27話「魔人キバゲルゲが赤いバラに狂う!!」では、夜間撮影において、キバゲルゲが子供達を襲うシーンが描かれた。


01019 01018
左:『超人バロム・1』第27話より
右:『仮面ライダーV3』第45話より
01020 P01013S
左:『秘密戦隊ゴレンジャー』第57話より
右:2010年12月
両脇に擁壁が連なるこの場所は、夜の恐怖感、緊張感を演出するには打ってつけの場所。
『東映生田スタジオ』とは目と鼻の先にあり、その利便性からも多くの作品で使用された。


01021 01022
左:『仮面ライダーV3』第45話より
右:『仮面ライダーX』第22話より
P01014S
上:2010年9月
階段北側の擁壁を掠めたアングル。
『仮面ライダーX』第22話「恐怖の大巨人!キングダーク出現!!」では、ジンギスカンコンドルに吸血鬼に化せられたマコ(演/早田みゆき)のワン・カットが撮影された。


01023 01024
左:『超人バロム・1』第27話より
右:『超神ビビューン』第26話より
P01015S
上:2015年5月
前掲した『超人バロム・1』第27話、及び『超神ビビューン』第26話「妖怪城に地獄が?!見たぞガルバーの正体」におけるオサム(演/佐野伸寿)とヒロシ(演/佐野大介)の兄弟喧嘩のシーンでは、階段下部が映し出されおり、破損(隆起)した状態が、共に北側からのアングルで記録されている。
尚、当初より施工が甘かったのか、『仮面ライダー』制作時には既に破損しており、前掲した5円引きブロマイドでもこの状態を確認することが出来る。


01025 P01016S
左:『イナズマン』第20話より
右:2009年10月
現在、階段北側下部には植え込みが施されているが、時を経て同所に同様の破損が・・・。


01026 P01017S
左:『超人バロム・1』第19話より
右:2010年12月
掲載した映画像は、『超人バロム・1』第19話「魔人ヤゴゲルゲが子守唄で呪う」において、階段南側の擁壁に身を隠し、ヤゴゲルゲの暗躍を見張る猛(演/飯塚仁樹)と健太郎(演/高野治幸)のカット。


01027 P01018S
左:『超人バロム・1』第19話より
右:2012年7月
階段上部から捉えた俯瞰アングル。
草が生い茂っていた場所には、現在、個人邸宅が建っている。


01028 P01019S
左:『好き!すき!!魔女先生』第22話より
右:2013年12月
01029 P01020S
左:『好き!すき!!魔女先生』第22話より
右:2013年12月
『好き!すき!!魔女先生』第22話「恐怖!ホラ穴の悪魔」では、バル(声/牟田悌三)の涙で全身びしょ濡れになる月ひかる(演/菊容子)のシーンが、この階段で撮影された。
階段上部から北東側を捉えた俯瞰アングルは、『東映生田スタジオ』作品では、このカット以外に認められない。


01030 01031
左:『好き!すき!!魔女先生』第22話より
右:『仮面ライダーX』第22話より
P01021S
上:2009年10月
一部現存する擁壁、重厚なガレージが続く中、突然姿を現す階段。
注意しなければ、通り過ぎてしまう場所に佇んでいる。


01032 P01022S
左:『仮面ライダーアマゾン』第9話より
右:2010年12月
現在、植え込みが設置されている箇所を南側から捉えたアングル。


01033 P01025S
左:『仮面ライダーアマゾン』第9話より
右:2010年12月
アマゾンが投げ捨てたラジオを拾い上げるマサヒコのカット。
階段脇にある街灯の下で撮影された。
一目瞭然、街灯は既に新しいものに取り替えられている。


01034 P01024S
左:『仮面ライダーX』第22話より
右:2009年10月
マコによる吸血シーンは、現在、ガレージとなっている階段北側の擁壁沿いで撮影された。


01035 P01025S
左:『秘密戦隊ゴレンジャー』第57話より
右:2010年12月
掲載した映画像は、擁壁に沿って、階段南側から北側を捉えたアングル。
『秘密戦隊ゴレンジャー』第57話「黒い包囲網!五つの顔のペギー」では、火消しに扮したモモレンジャー・ペギー松山(演/小牧リサ)が、黒十字軍が開発した新型爆弾の謎を追うシーンで使用された。


(映画像掲載作品) 放映順
『仮面ライダー』第36話「いきかえったミイラ怪人エジプタス」(1971/12/4)
『仮面ライダー』第38話「稲妻怪人エイキングの世界暗黒作戦」(1971/12/18)
『好き!すき!!魔女先生』第22話「恐怖!ホラ穴の悪魔」(1972/2/27)
『超人バロム・1』第19話「魔人ヤゴゲルゲが子守唄で呪う」(1972/8/6)
『超人バロム・1』第27話「魔人キバゲルゲが赤いバラに狂う!!」(1972/10/1)
『ロボット刑事』第8話「雷が殺した?!」(1973/5/24)
『どっこい大作』第25話「157番目のラブレター」(1973/7/2)
『ロボット刑事』第21話「恐怖デンネツマン マザー爆沈!!」(1973/8/23)
『どっこい大作』第44話「ひらけハスの花」(1973/11/12)
『仮面ライダーV3』第45話「デストロンのXマスプレゼント」(1973/12/12/22)
『イナズマン』第20話「星円盤を追え!ライジンゴー!!」(1974/2/19)
『仮面ライダーX』第22話「恐怖の大巨人!キングダーク出現!!」(1974/7/13)
『仮面ライダーアマゾン』第4話「走れ!怒りのジャングラー!!」(1974/11/9)
『仮面ライダーアマゾン』第9話「ゆけアマゾン!カニ獣人の島へ!」(1974/12/14)
『仮面ライダーストロンガー』第39話「さようなら!栄光の7人ライダー!」(1975/12/27)
『アクマイザー3』第23話「なぜだ?!魔法力がきかない」(1976/3/9)
『秘密戦隊ゴレンジャー』第57話「黒い包囲網!五つの顔のペギー」(1976/7/31)
『超神ビビューン』第23話「ごちそうがいっぱい?恐怖の妖怪病院」(1976/12/21)
『超神ビビューン』第26話「妖怪城に地獄が?!見たぞガルバ―の正体」(1977/1/11)
『ジャッカー電撃隊』第14話「オールスーパーカー!!猛烈!!大激走!!」(1977/7/16)
『透明ドリちゃん』第23話「超能力おじさんの正体」(1978/6/17)


Phase010 End


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Phase009 『東映生田スタジオ』③【真の裏話】

Phase008で、内田らの述懐には多少誇張された部分があるかもしれない、と愚論を述べた。
しかし、ある人物に注目した場合、逆にその信憑性は高まり、概ね真実だったと捉えることが出来るのである。

以下、決して公にはならないエピソードを記し、併せて以前にペンディングとした内容についての真相究明も試みたいと思う。

既述(Phase002参照)したように、「細山スタジオ」で最初に制作されたのは、歌舞伎座テレビ室が手掛けた『新婚さん旧婚さん』(1969年/歌舞伎座テレビ室・日本テレビ)。
その放送期間(1969年7月29日~同年10月28日)を鑑みると、「小日向スタジオ」としての賃貸(使用)期間は、当初の契約では、おそらく1969年6月中旬から同年9月中旬だったと思われる(契約書の類が確認出来ておらず、あくまで憶測)。

しかし、実際に解除されたのは1970年9月30日。
つまり、『新婚さん旧婚さん』放送終了後も約一年間、歌舞伎座テレビ室は、「細山スタジオ」を使用出来る状況にあったのである。
契約が延長され、『新婚さん旧婚さん』を手掛けた後も、同社が何らかの作品を制作していれば考えられなくもない話であるが、その実態は確認出来ない。
しかも1969年の年末には、あの幻の作品『あゝ野麦峠』の制作準備が進められている。
これは、一体どういうことか?

「要は、〝アンちゃん〟だった」(談/𡈽方工作氏)
推して知るべし。
𡈽方氏がそう言うのは、K氏のこと。
そう、歌舞伎座テレビ室との契約時には仲介役を務め、『あゝ野麦峠』制作時には、制作費の管理に携わった人物である(Phase003参照)。
「細山スタジオ」の所有権が𡈽方氏、箕輪氏にあるにも関わらず、彼は、スタジオを始め、建屋については、実際に建築にあたった自分たちにあると主張、両氏の度重なる訴えにも全く耳を傾けず、『新婚さん旧婚さん』制作終了後も、倉庫代わりのように私物相当量を放置し続けたというのだ。
これが、Phase003で明らかとしなかった、一年間の空白を及ぼしたもう一つの理由である。
つまり、K氏による半ばスタジオの私物化が原因であり、『あゝ野麦峠』の頓挫は、寧ろその煽りを喰らったためと考えられる。

そしてもう一つ、前述、実際の解除日〝1970年9月30日〟を目にした段階で、!?と感じられた方はいないだろうか。
Phase002で記したように、『女三四郎 風の巻』(1970年/大映テレビ室・東京12チャンネル)の初回放送日が1970年10月3日であったにも関わらず、契約書では、その二日前の10月1日が大映のスタジオ使用開始日となっている。
その際、「この釈然としない謎は今以って解けていない」とは記したが、実はこの件についても、K氏に着目すれば説明が付く。
つまり、こういう考えである。
実際には、大映は10月1日より前からスタジオを使用しており、その使用開始日X月Y日(8月頃か?)が記載された、賃貸(使用)期間X月Y日~11月15日の本契約書が存在した。
しかし、K氏の私物が相当量あったため、大映側が施設の一部を使用出来ない状態にあり、契約内容とは異なっていたと。
Phase002に掲載した契約書は、実解除となる9月30日、つまりK氏の撤収(全ての私物撤去を含める)を見越して新たに作成されたもの、若しくは諸々のトラブルを想定しての、所謂ダミーではないかと推測する。
事実、その契約書をよく見ると、締結日が空白ではないか・・・。
つまり、1970年初頭から暫くは空白期間があったにせよ、同年夏(8月頃か?)には、「細山スタジオ」は「大映生田スタジオ」と既に呼称されていたということである。

「あれには参った」(談/𡈽方工作氏)
𡈽方氏、箕輪氏の苦悩は続く。
まさかであった。
1970年9月30日付けで契約解除の書類が交わされはしたが、状況は何一つ変わらず、K氏の荷物は放置されたまま。
つまり、10月1日以降も、それ以前と何ら変わらない状態が続いたというのだ。
しかも、その中には、彼が事務員として働かせていたT氏(女性)の荷物もあったという。
こちらについても、推して知るべし。
後々のことを考えると、勝手に処分ことも出来ない。
更に、𡈽方氏らは交渉を重ねたという。
「「あの時は、何度も何度も足を運んで大変だった」と、親父が言っていたのを憶えています」(談/箕輪広実氏)

その具体的な時期は不明だが、最終的には、土方、箕輪の両氏が荷物引渡金、机・椅子代金の名目で代金を支払い、全ての荷物を撤去させたのだという。
そして1971年年明け、今後、「細山スタジオ」とは一切関係を持たない旨の誓約書が、K氏、T氏の連名で提出されている。


P00901S
上:K氏らにより提出された誓約書のコピー


話を元に戻す。
内田らが初めて「細山スタジオ」を訪れたのは、前述の誓約書が出される直前、1970年12月下旬のこと。
𡈽方氏らがK氏らの荷物を最終的に撤去したのは、制作進行の妨げとならないよう、大映との契約が満了となる11月15日以降、その後片付けとタイミングを合わせて行われた可能性が高い。
つまり、この場合、内田らは、ある意味、清浄化された状態を目撃したこととなり、「駆けつけた当のスタジオの中はがらんどう」「側だけのバラック」などの述懐は、決して誇張されたものではなく、まさに彼らが目にした光景だったと言える。
果たして、真相は如何に・・・。

尚、件の誓約書に記された日付は、1971年1月24日。

その日付から「東映との契約を機に、今度こそ何とかしよう」とした𡈽方氏、箕輪氏の確固たる意志を感じるのは愚生だけだろうか・・・。


(編集後記)
以前、K氏について、Phase002で「S社と関係のあったK氏」と紹介しました。
そのS社については、Phase001で「建築請負業者S社」と記しましたが、𡈽方氏のご承諾もあり、今後は「商起」と実社名での表記と致します。それに伴い、記事過去分につきましても、訂正させて頂きます。
𡈽方工作氏、進一氏に、この場を借りて御礼申し上げます。


Phase009 End


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Phase008 『東映生田スタジオ』②【1971年1月23日】

「『柔道一直線』が終盤に差し掛かった頃、「折ちゃん、頼むよ」って言われて。有作さんは全部、話をしない人なんで、何を頼まれたのか分からない(笑)。聞いてみると、どうも大泉を出て別の場所でやるらしいと。有作さんはまた、いろいろ頼む人でもあるんで(笑)、結局、僕が運転してスタジオ探しから付き合ったわけです」(原文一部改、「KODANSHA Official File Magazine 仮面ライダー Vol.3」(2004年/講談社)より)

そう語るのは、折田至。
1965年、東映京都撮影所から東京制作所に異動となった彼は、翌年、『丸出だめ夫』(NTV)で監督デビュー。
『悪魔くん』(1966年/NET)などの演出を経て、内田有作の要請により『柔道一直線』(1969年/TBS)へ参画(内田は同作品で制作担当)、後に、主軸監督の一人として、『東映生田スタジオ』を支えた人物である(Phase004参照)。
彼の言う〝有作さん〟とは、勿論、内田有作のこと。
折田が一年後輩にあたるが、二人の配属先は共に京都撮影所。
面識は、その頃からあったという。

東映東京撮影所が労組問題で揺れていたその裏で、事は極秘のうちに進められた。
新番組は、組合側にとって恰好のターゲット。
会社側にとって、その制作現場を押さえられるということは、切り札的交渉材料を与えたのも同然。
結果、大きなビハインドとなり得たわけである。

その制作拠点を、彼らはまず多摩川周辺に求めている。
当時、他社の撮影所は多摩川周辺に集中していたが、東映は南大泉。
多摩川の近くならば、東映とは縁のないスタジオがあるかもしれない、そう睨んだからだという。
しかし、現実は厳しく、何処も既に先約が・・・、短期ならともかく、長期での契約は難しいというものばかりであった。

そんなある日、転機が訪れる。
「かれこれ二週間は探した頃でしょうか、たまたま訪れた多摩スタジオで、そこにいた大道具さんから「よみうりランドの裏手に、今はもう殆んど使ってないスタジオがあるよ」って話を聞いたんです。その時の感動は今でも忘れられませんね。で、すぐに車を飛ばして行ったら・・・、あったんですよ、平台も何も無いスタジオが(笑)」(談/内田有作 原文一部改、「KODANSHA Official File Magazine 仮面ライダー Vol.1」(2004年/講談社)より)

1970年12月下旬、彼らが行き着いた場所、それが「細山スタジオ」だった。


東映生田スタジオ(1974)
上:在りし日の『東映生田スタジオ』(国土交通省・航空写真(1974年)より)


その時の模様を、内田は、異なる機会で次のように述懐している。

「スタジオと呼べるようなものじゃなくて、平台も無い、側だけ。時々、何か撮っていたらしいですが、平台が無くては本格的なセットは組めないですから、やっていたとしても半端な仕事しか出来ない。殆んど倉庫代わりのものだったんですよ」(原文一部改、「テレビマガジン70’s ヒーロー創世期メモリアル」(1998年/講談社)より)

「尤も、駆けつけた当のスタジオの中はがらんどうでした。(中略)建物自体は建ってから三、四年くらいで、まだ新しかったんですけど、スタジオとは名ばかり。側だけのバラックで、平台も何も無い倉庫のような場所でした」(原文一部改、「仮面ライダーSPIRITS~受け継がれる魂~」(2002年/講談社)より)

また、前述「KODANSHA Official File Magazine 仮面ライダーVol.1」には、「設備が不足していたのは平台(セットを組む上で不可欠な一間四方の木製基礎土台)だけではない。天井を見上げれば照明の足場となるブリッジもなく、ただ裸電球ひとつがブラ下がっているだけ。スタッフルームと称する粗末なプレハブには電話回線さえ通っていなかった」とある。

更に、プロデューサー・平山亨(Phase006参照)は、著書「仮面ライダー名人列伝~子供番組に奇蹟を生んだ男たち~」(風塵社・1998年)の中で、初めてスタジオを訪れた時の様子を回想。
その内田とのやり取りにおいて、「何だ、こりゃ?」「こ、ここで!?スタジオって言うが、何もないじゃないか!」と、自身の言葉を記している。

果たしてこれら述懐や回想が事実であるとするならば、それ以前の『新婚さん旧婚さん』(1969年/歌舞伎座テレビ室・日本テレビ)は、一体どのようにして制作されたのだろうか。
況して、内田らが訪れる約一ヶ月半前まで、「細山スタジオ」では『女三四郎 風の巻』(1970年/東京12チャンネル)が制作されていたのである。
契約の締結、解除の度に、設備の設置、解体を繰り返したのだろうか。
まず常識では考えられない。
事実、三上陸男と高橋章(共に『仮面ライダー』で美術・造型を担当)は、「宇宙船別冊 仮面ライダー 怪人大画報 2016」(2016年/ホビージャパン)掲載用に行われた対談時、「以前から撮影所として使っていたわけだから、全く何もなかったわけじゃないと思う」(談/高橋章)、「一応はあったんだろうけど、随分こっちで作り足しましたよ」(談/三上陸男)と語っている。

また、前述した平山の著書には、内田の言葉として「やろう。今は平台も無いけれど、やると決まればオーナーは平台から照明足場からホリゾントまで必要な物はすべてサービスすると言っている」とある。
しかし、これが記された時点で既に三十年近くが経過しており、況して平山の筆を借りての内田のセリフ。
あくまでニュアンスとして捉えるべきと思われるが、実際に平山を説得するために、内田が鎌をかけた可能性も捨て切れない。

ただこの点に関連して、𡈽方氏からは次のような証言を得ている。
「最初、120坪(編注:ステージ)の中に柱一本なかったんだからね。土台は、正ちゃん(編注:箕輪正治氏)と二人で木を伐って作ったんだ。照明のこれ(編注:ブリッジ)も、二人で上って作ったんだ。ちゃんとした業者に頼むと高いから(笑)」(談/𡈽方工作氏)

具体的時期について、氏は言及されていないが、少なくとも最初に平台とブリッジを作ったのは、𡈽方、箕輪の両氏であり、時期としては、おそらく『新婚さん旧婚さん』の制作開始前だったと思われる。

ただ内田や平山の目からすれば、つまり〝活動屋〟というプロの目からすれば、決して満足のいくものではなかった、それが、一連のコメントのように表現されたのではないだろうか。
一方、「スタッフルームと称する粗末なプレハブには電話回線さえ通っていなかった」という点については、十分に有り得る話である。
固定電話の普及が過渡期であった当初、「細山スタジオ」では臨時で設置したという𡈽方氏の証言(Phase001参照)を鑑みると、契約期間中、つまり実際にスタジオが稼働していた時のみ回線が引かれた可能性が高い。

「細山スタジオ」に対する第一印象について、内田の述懐には、多少誇張された部分があるかもしれない。
しかし、撮影所としてのハード面、更にはソフト面において、それまで彼が見てきた東映の施設とは明らかに異なり、少なくとも当初、満足していなかったことは間違いない。
が、新番組放送開始まで残された時間も極僅か。
かと言って、他に当てもなく、彼は「細山スタジオ」での制作を決意する。

「もう、内田氏のパワーに飲み込まれていた」(「仮面ライダー名人列伝~子供番組に奇蹟を生んだ男たち~」(著/平山亨 1998年/風塵社)より)
平山同様、折田も覚悟を決める。
「東映の社員として、大泉を出てまでやる以上は、これがダメなら人生終わりだなって思ってましたよ。組合を抜けて生田に行って、当然、そちらからも睨まれましたから」(原文まま、「KODANSHA Official File Magazine 仮面ライダー Vol.3」(2004年/講談社)より)


そして・・・。
1971年1月23日、正式契約締結。
内田有作が、石田人士の命を受けてから、約二ヶ月後のことであった。


(主参考文献)
「テレビマガジン70’s ヒーロー創世期メモリアル」(1998年/講談社)
「仮面ライダー名人列伝~子供番組に奇蹟を生んだ男たち~」(風塵社・1998年)
「仮面ライダーSPIRITS~受け継がれる魂~」(2002年/講談社)
「KODANSHA Official File Magazine 仮面ライダー Vol.1」(2004年/講談社)
「KODANSHA Official File Magazine 仮面ライダー Vol.3」(2004年/講談社)
「宇宙船別冊 仮面ライダー 怪人大画報 2016」(2016年/ホビージャパン)


(編集後記)
1月23日・・・、実は当ブログを開設した日でもあります。
正直、拘りました。


Phase008 End


お願い&お断り
〇当ブログの記事、図版、画像などを無断で複写、複製、転載、データ化することはご遠慮願います(諸般の事情により、一部、画像処理を施してあります)。
〇当ブログ中、一部を除き、関係者の名は当時のものを記載し、敬称は省略させて頂きます。
〇ロケ地紹介などで掲載する写真の中には、経年の結果、撮影時とは更に変貌を遂げている箇所があります(参考までに撮影年月を記載します)。



当ブログは、管理人個人の趣味の範疇にあり、作品の配給元とは一切関係なく、利益を得ること、著作権を侵害する意図は一切ございません。
比較などのために引用する画像の権利は、全て原権利者に帰属します。

Phase007 【ロケ地】川崎市麻生区多摩美/多摩美界隈①PartⅢ

【多摩美界隈①(Y字路)PartⅢ】

■アングル坂道北側⇒南側

00701 00703
左:『仮面ライダー』第38話より
右:『仮面ライダー』第38話より
P00601SK
上:2016年4月
掲載した映画像は、『仮面ライダー』第38話「稲妻怪人エイキングの世界暗黒作戦」開巻部、坂道北側から南側を捉えたアングル。
エイキングが、ショッカーのアジトを脱走した関俊彦博士(演/河野秋武)の一人娘・明美(演/関口昭子)を襲撃する直前のカットが撮影された。


00702 58002
左:『超人バロム・1』第14話より
右:『どっこい大作』第58話より
P00602S
上:2010年4月
同じく坂道西側にある擁壁沿いからのアングルは、『超人バロム・1』第14話「魔人アリゲルゲと13のドルゲ魔人」や『どっこい大作』第58話「情無用の日本一」でも確認することが出来る。
手前に写る白いシャッターのガレージは、後年になって設けられた。


00605 58001
『仮面ライダーアマゾン』第4話より
『どっこい大作』第58話より
P00604S
上:2007年12月
坂道東寄りからのアングル。
既述したように、掲載した写真を撮影した当時、未だ洒落た住宅のコピー群は影も形もなかった。


36001 P00605S
左:『どっこい大作』第36話より
右:2008年12月
ほぼ坂道中央からのアングル。
2008年師走、上部に赤いコーンが設置され、眼下では既に宅地工事が始まっていた。
上ったり、下ったり・・・、『東映生田スタジオ』作品において、この坂道を最も駆けずり回ったのは田力大作(演/金子吉延)。


00606 00607
左:『仮面ライダーV3』第12話より
右:『イナズマン』第15話より
P00606S
上:2009年10月
『仮面ライダーV3』第12話「純子が怪人の花嫁に!?」の映画像で目に付くのは、路上駐車の多さ。
今よりも住宅が少なかったことを考えると、全てではないにしろ、『東映生田スタジオ』関係者、或いはマスコミ関係者の車輌であったことは容易に想像出来る(この件については、実際に問題となった経緯があり、スタジオ考証において改めて取り上げる予定)。
右に掲載した『イナズマン』の映画像は、第15話「影をくわれたお母さん」のラスト・シーン。


0628 P00607S
左:『どっこい大作』第34話より
右:2016年4月
00608 P0608S
左:『超人バロム・1』第2話より
右:2010年9月
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左:『仮面ライダーアマゾン』第16話より
右:『仮面ライダーアマゾン』第21話より
P00609S
上:2012年9月
劇中、坂道上にあるマンホールも重要なツールとしてしばしば用いられた。
『超人バロム・1』第2話「呪いの怪人フランケルゲ」では、変身の特訓をする猛と健太郎を、フランケルゲが目撃するカットに使用されている。


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左:『ロボット刑事』第8話より
右:2012年7月
00612 P00611S
左:『ロボット刑事』第8話より
右:2012年7月
P00612S
上:2015年9月
坂道中程に現存する、『ロボット刑事』第8話「雷が殺した?!」で映し出された擁壁部分。


00604 0627
左:『超人バロム・1』第14話より
右:『どっこい大作』第32話より
P00614S
上:2013年12月
00613 P00613S
左:『イナズマン』第5話より(映①)
右:2009年11月
00614 P00614S
左:『仮面ライダーX』第22話より
右:2011年2月
坂道上部の様子。
現在、西側擁壁沿いに設けられたガレージの中で最南端に位置するものは、『仮面ライダーX』第22話「恐怖の大巨人!キングダーク出現!!」では既に確認出来るものの、『超人バロム・1』第14話「魔人アリゲルゲと13のドルゲ魔人」制作時は勿論のこと、『どっこい大作』第32話「パンで突っ込めーパン!?」、『イナズマン』第5話「大空中戦!かみつくライジンゴー!!」制作時にも、未だ存在していなかったことが分かる(各々の放送日は下記参照)。


00615 P00615S
左:『仮面ライダーアマゾン』第21話より
右:2011年10月
件のガレージは、間も無くして黄色に塗装されたが、現在は、擁壁上部共々に白色に再塗装されている。


00616 00617
左:『仮面ライダー』第66話より
右:『イナズマン』第5話より
P00617S
上:2011年2月
その一つ北側にあるガレージでは、ワン・カットのみであるが、『仮面ライダー』第66話「ショッカー墓場 よみがえる怪人たち」で、ハリネズラスと戦闘員が「立花オートコーナー」(立花レーシングクラブ)を見張るシーンが撮影された。
このガレージは、擁壁沿いの中では最初期に造られたもので、黒い部分は、当時、ガレージ南側に開けられていた通用口。
ハリネズラスらが立っていたのは、ガレージと擁壁の間に設けられた階段部分である。
現在、通用口は塞がれ、ガレージ自体、レンガ造りの洒落たものへとリフォームされている。
因みに、ガレージの内部には、当時の通用口跡をはっきりと確認することが出来る。


39003 P00616S
左:『どっこい大作』第39話より
右:2016年4月
『どっこい大作』第39話「若者よ!大志をいだけ!!」の映画像を見ると、これ以外のガレージの有無がよく分かる(アングルは、南から北東を捉えたもの)。


00618 P00618S
左:『すき!すき!!魔女先生』第23話より
右:2011年6月
『仮面ライダー』と制作が重なっていた『好き!すき!!魔女先生』では、当然のことながら坂道最南端のガレージは存在しない。


00619 P00619S
左:『イナズマン』第5話より
右:2011年10月
『イナズマン』第5話「大空中戦!かみつくライジンゴー!!」で、坂道上部を下る少年同盟員ら。
前掲、『仮面ライダー』第66話「ショッカー墓場 よみがえる怪人たち」で、ハリネズラスと戦闘員らが立っていたスペースが確認出来る。


00620 P00624S
左:『仮面ライダーアマゾン』第9話より(映②)
右:2010年9月
00621 P00625S
右:『秘密戦隊ゴレンジャー』第57話より
左:2010年9月
共に、南側二つのガレージが記録されており、左の『仮面ライダーアマゾン』第9話「ゆけアマゾン!カニ獣人の島へ!」の映画像では、奥に看板のようなものが見える。


00622 P00620S
左:『イナズマン』第5話より
右:2014年9月
61004
上:『どっこい大作』第61話より
こちらは、『イナズマン』第5話「大空中戦!かみつくライジンゴー!!」で、カゼバンバラが起こした突風で看板が空中を舞うカット。
背後に映し出されるのは、現在、最南端に設置されているガレージ上の住宅。
『どっこい大作』第61話「いちど限りの人生だ!!」では、現在では同様の撮影が不可能な、Y字路東側の道路から捉えられた煽りのアングルが記録されている。


00623 P00621S
左:『仮面ライダーストロンガー』第7話より
右:2015年9月
『仮面ライダーストロンガー』第7話「ライダー大逆転!!」では、Y邸(当時、Phase004参照)の東側が映し出されている。


00624 P00622S
左:『仮面ライダーX』第22話より
右:2010年4月
映画像②に写る看板の正体は、「子供の飛び出し注意」。
この看板は、『イナズマン』第5話制作時にも認めらない(映画像①参照)ため、坂道西側最南端にあるガレージ同様、『仮面ライダーX』制作時に設置されたことが分かる。
しかし、「警笛鳴らせ」の標識(Phase004参照)同様、現在は既に撤去されている。


00625 P00623S
左:『仮面ライダーアマゾン』第23話より
右:2016年4月
一瞬ではあるが、『仮面ライダーアマゾン』第23話「にせライダー対アマゾンライダー!!」でも、今は無き「子供の飛び出し注意」の看板が確認出来る。


00626 P00626S
左:『仮面ライダーストロンガー』第7話より
右:2010年4月
右上に、「子供の飛び出し注意」の看板が確認出来る。
既述してきたように、『仮面ライダーストロンガー』第7話では、この坂道東西南北あらゆるアングルで撮影が行われた。


(映画像掲載作品)放映順
『仮面ライダー』第38話「稲妻怪人エイキングの世界暗黒作戦」(1971/12/18)
『すき!すき!!魔女先生』第23話「恐怖の毒薬!地獄の妖女」(1972/3/5)
『超人バロム・1』第2話「呪いの怪人フランケルゲ」(1972/4/9)
『仮面ライダー』第66話「ショッカー墓場 よみがえる怪人たち」(1972/7/1)
『超人バロム・1』第14話「魔人アリゲルゲと13のドルゲ魔人」(1972/7/2)
『仮面ライダーV3』第12話「純子が怪人の花嫁に!?」(1973/5/5)
『ロボット刑事』第8話「雷が殺した?!」(1973/5/24)
『どっこい大作』第32話「パンで突っ込めーパン!?」(1973/8/20)
『どっこい大作』第34話「ありがとう!カニさん!!」(1973/9/3)
『どっこい大作』第36話「帰って来たびんぼう神!!」(1973/9/17)
『どっこい大作』第39話「若者よ!大志をいだけ!!」(1973/10/8)
『イナズマン』第5話より「大空中戦!かみつくライジンゴー!!」(1973/10/30)
『イナズマン』第15話「影をくわれたお母さん」(1974/1/8)
『どっこい大作』第58話「情無用の日本一」(1974/2/25)
『どっこい大作』第61話「いちど限りの人生だ!!」(1974/3/18)
『仮面ライダーX』第22話「恐怖の大巨人!キングダーク出現!!」(1974/7/13)
『仮面ライダーアマゾン』第4話「走れ!怒りのジャングラー!!」(1974/11/9)
『仮面ライダーアマゾン』第9話「ゆけアマゾン!カニ獣人の島へ!」(1974/12/14)
『仮面ライダーアマゾン』第16話「ガランダーの東京火の海作戦!!」(1975/2/1)
『仮面ライダーアマゾン』第21話「冷凍ライダーを食べる人喰い獣人!」(1975/3/8)
『仮面ライダーアマゾン』第23話「にせライダー対アマゾンライダー!!」(1975/3/22)
『仮面ライダーストロンガー』第7話「ライダー大逆転!!」(1975/5/17)
『秘密戦隊ゴレンジャー』第57話「黒い包囲網!五つの顔のペギー」(1976/7/31)


Phase007 End


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〇ロケ地紹介などで掲載する写真の中には、経年の結果、撮影時とは更に変貌を遂げている箇所があります(参考までに撮影年月を記載します)。



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比較などのために引用する画像の権利は、全て原権利者に帰属します。

Phase006 『東映生田スタジオ』①【開設前夜】

大映が「細山スタジオ」を後にした翌月、つまり1970年12月、ある人物が𡈽方氏のもとを訪ねている。
「普通の・・・、その辺りにいる普通の人だったなぁ(笑)」
彼の第一印象を、𡈽方氏はそう述懐されている。


時を同じくして―。
東京都練馬区東大泉にある東映東京撮影所には、当時、テレビ作品(実写)を手掛けるセクションとして、東映テレビ・プロダクションと東映東京制作所という二つの株式会社が存在した。

1959年に設立された東映テレビ・プロダクションは、原則としてNET(日本教育テレビ、現・テレビ朝日)の番組を手掛けるセクションで、長寿番組として有名な、国産初の一時間連続ドラマ『特別機動捜査隊』(1961年)などを制作している。
尚、1958年に設立されるも、程無くして放映後のテレビ映画(番組)を各劇場に配給することを目的に東映テレビ映画、更には第二東映と商号変更を行った東映テレビ・プロダクションは、同名称ではあるが、厳密に言うと別会社である。

一方の東映東京制作所は、PR映画、或いはNET以外の番組制作を目的に、1965年に設立されたセクションで、例えばTBSの『キイハンター』(1968年)、東京12チャンネル(現・テレビ東京)の『プレイガール』(1969年)といった作品を制作している(但し、第一回制作作品の『スパイキャッチャーJ3』(1965年)を始め、一部NETからの発注作品も制作している)。
但し・・・。
その存在意義には、もう一つの側面があったと云われている。
組合運動を率いていた猛者達の配転先、つまりは、事実上、彼らの隔離先という性格を伴っていたと。


それ以前―。
娯楽と言えば映画と言われた時代。
1960年には、年間最多となる547本の作品が制作されているが、実際には、1958年をピークに観客数は減少、衰弱の一途を辿っていた。
人々の娯楽内容の変化、及びその選択肢が増えたことが大きな要因と云われている。
中でも、テレビの急速な普及は、映画業界に極めて深刻な影響を与えたという。

P00601S

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かつては「時代劇と言えば東映、東映と言えば時代劇」と評され、その後も数多くの名作、ヒット作を世に送り出していた東映でさえ、その斜陽化は避けられず、経営陣は徹底した合理化を展開した。
人員削減策も、その一つ。
中でも、1964年6月19日、T氏(当時、東映労働組合東京撮影所支部委員長)に出された解雇通達は、その後、泥沼化する労働闘争の引き金となり、ある意味、東映の歴史を変えるターニング・ポイントだったと云われている。
抗議集会、デモ行進、ピケットラインを張ってのストライキ・・・、激化する組合運動に対し、会社側は、更に東映東京撮影所労働組合という別組織を旗揚げ、組合の分断、切り崩しを行ったという。

しかし、それでも屈しない東映労働組合員らに対し、経営陣らは、ある辞令を交付した。
「映画の労働者たち 写真と証言 東映東京撮影所1964・6・19~1985・10・1」(編/東映東京制作所闘争記録委員会 1990年/東映労働組合)には、当時の様子が次のように記されている。
「65年8月に所内の機構として「制作所」をつくり、174名を強制配転した。実にその8割以上は東映労組員で、特に、数日後の定期大会に向けて、次期役員に立候補したメンバーは一人も漏れなく指名されるなど、弾圧、隔離のための意図はみえみえで「なりふり構わぬ」やり口であった。そして、4ヶ月後の同年12月には「株式会社 東映東京制作所」、資本金50万円の子会社として発足させた。組合員には配転辞令の外に、もう一枚出向辞令が各自の家宛に送付された」(原文まま)

映像の世界では、〝本編〟と呼ばれた映画に対し、テレビはまだまだ格下の扱いで〝電気紙芝居〟と揶揄されていた時代。
彼らにとって、テレビ部門への配置転換は、屈辱以外の何ものでもなかったに違いない。
その怒りは、働く(=映画、場合によっては映像作品を手掛ける)権利を求めて、更なる組合運動という形で具現化していった。
実際、当時の東映は、あとワン・シーンだけ撮影が残っていたとしても、夕方5時になれば電気を一斉に消してしまうような常に緊迫した状況が続いていたという。

因みに、後に『仮面ライダー』を始め、数々の東映児童向けテレビ作品を手掛けることとなる平山亨もまた、映画の斜陽化の影響を受け、テレビ部への異動を命じられた一人。
1965年、映画監督の任を解かれ、京都撮影所から異動してきた時の状況、心情を、彼は、著書「泣き虫プロデューサーの遺言状~TVヒーローと歩んだ50年~」(2012年/講談社)の中で、次のように記している。
「当時のテレビ部は本社の7階にある映画部の隅っこを間借りしている状態。衝立で仕切っただけのわずかなスペースで、自分の机もなく廊下の椅子に座らされた私は、「えらいところにきちゃったな」というのが正直な感想だった」(原文まま)


東映東京制作所にて―。
「東京制作所は東映内の組織でありながら、東映とは対峙した関係だったんです」(原文まま、「仮面ライダーSPIRITS~受け継がれる魂~」(2002年/講談社)より)

そう語るのは、内田有作。
1934年2月3日、『血槍富士』(1955年/東映)や『宮本武蔵』(1961年/東映)などで著名な映画監督・内田吐夢の次男として生まれた彼は、1957年、法政大学を卒業後、東映京都制作所へ助監督として入社。
1960年、東映東京制作所に転属となり、翌年には同所の制作部に異動している。
そこで、父の監督作品『飢餓海峡』(1965年/東映)に制作主任として参画するが、上層部が指示する尺詰め(上映時間を短くするため、フィルムをカットすること)を拒否したことに関わったとして、新宿東映の副支配人へと更迭(当時、「フィルム・カット事件」という見出しで大きく報道された)。
その後も、本社興業部、丸の内東映パラス支配人など暫く現場を離れるが、1969年、東映東京制作所の管理課長として第一線への復帰を果たしていた。

当時、東映東京制作所長を務めていたのは、石田人士。
労組問題の際、会社側の中心的立場にいたことから東京制作所の所長に左遷されていた人物である。
内田は、その石田から、所内にあった関連事業室の室長任務を打診される。
この辺りの事情は、後年、彼が述懐している石田とのやり取りに詳しい。

石田「お前も知ってのとおり、今、東映の労使関係は泥沼になっている。ここらで、全く意表を突くような形で、おまえに外の仕事をやってもらいたいんだ」
内田「石田さんの頼みとあらば。けど、肝心のシャシン(編注:作品のこと)はあるんですか?」
石田「『仮面ライダー』というシャシンだ。おまえはそれを持って、この大泉じゃない所で新しい現場を旗揚げするんだ。それは組合の連中に対しても、凄まじい刺激になるだろうし・・・」
(原文一部改、「KODANSHA Official File Magazine 仮面ライダー Vol.1」(2004年/講談社)より)

内田の記憶によると、『柔道一直線』(1969年/TBS)の制作担当を務めていた1970年11月下旬頃の話だったという。
だとすれば、彼の述懐には一部誤りがあり、この段階では、『仮面ライダー』という番組タイトルは正式には決定していない。
しかし、ここにあるように、当時、東映は労使闘争の真っ只中。
内田は述懐する。
「当時の組合は労働者の人権を主張するばかりで、良い映画を撮ろうという姿勢が全く無かった。更には経営感覚というものさえ無く、世に出した作品は全て赤字という状況だった。石田さんは「小さい枠の中で喧嘩をしてる場合じゃない。もっとグローバルに物事を考えなければ駄目なんだ」って。それを彼らに見せつけたかったんですよ」(原文一部改、「仮面ライダーSPIRITS~受け継がれる魂~」(2002年/講談社)より)

会社側の立場にあった石田が、新しい現場確保に、労組問題の影響回避を求めたのは当然のこと。
その一方で、〝活動屋〟としての誇りと魂を彼らに呼び覚まそうとする狙いも間違いなくあったと思われる。
関連書籍に、石田の声を見つけることは出来ないが、所長(会社側)の立場からだけでなく、同じ〝活動屋〟として彼らの苦悩を間近で見てきたのもまた事実。
何とも遣る瀬無い、そんな気持ちだったのではないだろうか・・・。

「これ以上、大泉でやっていても、もう何も出て来やしない。要するに、テレビという場で幾ら経営サイドや企画サイドが良いものを与えても、実際に作る所が旧体制のままじゃ、結局は駄目だと思っていたんで、大泉から飛び出して腹を括ってやろうと決心したんです」(談/内田有作)
( 原文まま、「テレビマガジン特別編集 テレビマガジン70’s ヒーロー創世期メモリアル」(1998年/講談社)より)


川崎市某所にて―。
大映が「細山スタジオ」を後にした翌月、つまり1970年12月、ある人物が𡈽方氏のもとを訪ねている。
「普通の・・・、その辺りにいる普通の人だったなぁ(笑)」
彼の第一印象を、𡈽方氏はそう述懐されている。


(主参考文献)
「生きているヒーローたち 東映TVの30年 講談社ヒットブックス⑯」(1989年/講談社)
「映画の労働者たち 写真と証言 東映東京撮影所1964・6・19~1985・10・1」(編/東映東京制作所闘争記録委員会 1990年/東映労働組合)
「テレビマガジン特別編集 テレビマガジン70’s ヒーロー創世期メモリアル」(1998年/講談社)
「不滅のヒーロー 仮面ライダー伝説」(著/岡 謙二 1999年/ソニー・マガジンズ)
「仮面ライダーSPIRITS~受け継がれる魂~」(2002年/講談社)
「KODANSHA Official File Magazine 仮面ライダー Vol.1」(2004年/講談社)
「泣き虫プロデューサーの遺言状~TVヒーローと歩んだ50年~」(著/平山亨 2012年/講談社)


(編集後記)
今回は、「細山スタジオ」が『東映生田スタジオ』と呼ばれていた時代を振り返るにあたり、その背景を記しました。
コアなファンの方々にとっては、既知の情報であり、少々物足りなかったと思われます。
しかし、中には、『東映生田スタジオ』という名前を初めて知ったと仰る方もいらっしゃり、ここを触れなければ、『仮面ライダー』が大泉で制作されなかった理由が明確にならないため、敢えて当Phaseで取り上げることとしました。
ご容赦ください。


Phase006 End


お願い&お断り
〇当ブログの記事、図版、画像などを無断で複写、複製、転載、データ化することはご遠慮願います(諸般の事情により、一部、画像処理を施してあります)。
〇当ブログ中、一部を除き、関係者の名は当時のものを記載し、敬称は省略させて頂きます。
〇ロケ地紹介などで掲載する写真の中には、経年の結果、撮影時とは更に変貌を遂げている箇所があります(参考までに撮影年月を記載します)。



当ブログは、管理人個人の趣味の範疇にあり、作品の配給元とは一切関係なく、利益を得ること、著作権を侵害する意図は一切ございません。
比較などのために引用する画像の権利は、全て原権利者に帰属します。

Phase005 【ロケ地】川崎市麻生区多摩美/多摩美界隈①PartⅡ

【多摩美界隈①(Y字路)PartⅡ】

アングル坂道南側⇒北側

00501 P00501S
左:『どっこい大作』第26話より               
右:2015年9月
『どっこい大作』第26話「ゴメンよ!!母ちゃん!!」では、Y邸(当時、Phase004参照)南東角のブロック塀、及びフェンスをかすめて、坂道北側を捉えたアングルが確認出来る。
奥に見えるのは、在りし日の『東映生田スタジオ』第2ステージ。


00502 00503
左:『どっこい大作』第32話より       
右:『どっこい大作』第36話より(映①)
00504 00505
左:『どっこい大作』第41話より          
右:『どっこい大作』第47話より
P00502S
上:2016年4月
『どっこい大作』では、特に「ハッピーパン」を舞台にした第3クール以降で多用された坂道。
第36話「帰って来たびんぼう神!!」の映画像①を見ると、『東映生田スタジオ』第2ステージの他、スタッフルーム、第1ステージも確認することが出来る。
また、この時期、突き当りの笹薮には、プレハブ小屋が建てられていたことも分かる。


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左:『好き!すき!!魔女先生』第22話より          
右:左掲載映画像アップ
P00503S
上:2007年12月
当カメラ位置、当アングルの初出は、『好き!すき!!魔女先生』第22話「恐怖!ホラ穴の悪魔」。
よく見ると、第2ステージ前に設置されていた電話ボックス()も確認出来る。


00508 P00504S
左:『好き!すき!!魔女先生』第23話より          
右:2016年4月
00509 P00505S
左:『ロボット刑事』第8話より             
右:2015年5月
同じくこの坂道上で撮影された『好き!すき!!魔女先生』第23話「恐怖の毒薬!地獄の妖女」、『ロボット刑事』第8話「雷が殺した?!」では、更にはっきりと『東映生田スタジオ』のスタッフルームが確認出来る。


00510 P00506S
左:『超神ビビューン』第7話より             
右:2012年4月
『超神ビビューン』第7話「椅子が歩いた?謎の蒸発事件」では、フィルターを使っての擬似夜景撮影が、S邸(当時、Phase004参照)横で行われた。


00511 P00507S
左:『超人バロム・1』第16話より           
右:2008年12月
00513 P00509S
左:『イナズマン』第5話より              
右:2012年9月
何れも、かつてあったガードレール脇からのアングル。
『イナズマン』第5話「大空中戦!かみつくライジンゴー!!」では、イナズマン・渡五郎(演/伴直弥)の親友・丸目豪作(演/北村晃一)が、引越しのアルバイトでリヤカーを引くシーンの一部が撮影された。


00512 P00508S
左:『仮面ライダーストロンガー』第7話より          
右:2009年10月
坂道中程からカメラをやや東側に向けたアングル。
『仮面ライダーストロンガー』第7話「ライダー大逆転!!」における、ストロンガーと奇械人ワニーダとの戦闘シーンの一部で確認することが出来る。


00514 P00516S
左:『仮面ライダーストロンガー』第7話より           
右:2011年6月
同エピソードでは、坂道頂上付近からの俯瞰アングルも記録されている。


00515 P00511S
左:『仮面ライダーストロンガー』第7話より           
右:2012年9月
また、北側を捉えたアングルではない(北から東に向いている)が、同エピソードではS邸(当時)横でも撮影が行われており、この映像は、初期OPにも使用された。


00516 P00512S
左:『仮面ライダーV3』第45話より            
右:2012年4月
掲載した映画像は、『仮面ライダーV3』第45話「デストロンのXマスプレゼント」において、ブラックサンタ(演/藤沢陽二郎)がマンホール内に消えるカット。
夜間撮影のため分かり難いが、こちらも坂道上S邸(当時)横で撮影されている(アングルは、南から東)。
デストロンは優秀な子供達を集め、幹部候補生として教育しようと画策。
ここでは、ブラックサンタに姿を変えたサイタンクが、その子供達の解放を交換条件として、ライダーV3を抹殺するよう、ライダーマン・結城丈二(演/山口暁)に言い放つシーンが描かれた。


00517 00518
左:『仮面ライダーアマゾン』第21話より      
右:『仮面ライダーアマゾン』第21話より
『仮面ライダーアマゾン』第21話「冷凍ライダーを食べる人喰い獣人!」では、S邸(当時)南西角で、電気工事作業員がイソギンチャック獣人に襲われるシーンが撮影された。
掲載した左の映画像はその直前の俯瞰カットで、坂道西側にある住宅からの撮影。
また同エピソードでは、S邸南側に設置されていた〝徐行〟の標識を背に、同じく一般市民が、イソギンチャック獣人に襲撃されるシーンも撮影されている。


00519 00520
左:『どっこい大作』第6話より         
右:『どっこい大作』第26話より
00521 00522
左:『どっこい大作』第32話より(映②)    
右:『どっこい大作』第36話より(映③)
00523 00524
左:『どっこい大作』第41話より(映④)       
右:『どっこい大作』第61話より
『どっこい大作』で映し出されたS邸(当時)と〝徐行〟の標識。
当作品には、豪華な俳優陣が多数ゲスト出演しており、第36話「帰って来たびんぼう神!!」では、田力大作(演/金子吉延)らに立ち退きを迫る東郷隆盛を藤岡重慶が演じた(映画像③)。
映画像②に写るのは、当エピソードにゲスト出演した往年のトリオ・ザ・パンチ。
また第3クール以降、小山孫一役でレギュラー出演したのが由利徹。
第41話「0.1グラムへの戦い」では、この坂道を猛ダッシュ。
晩年の演技からは想像もつかない見事な走りを披露している(映画像④)。


00525 P00515S
左:『仮面ライダー』第38話より             
右:2012年9月
00526 00527
左:『ロボット刑事』第21話より       
右:『仮面ライダーX』第22話より(映⑤)
『仮面ライダー』第38話「稲妻怪人エイキングの世界暗黒作戦」冒頭、エイキングの関明美(演/関口昭子)襲撃シーンで使用された坂道北側(下部)周辺の様子。
現在、擁壁の大部分は、住宅、及びそのガレージに姿を変えている。
映画像⑤に写るのは、無名時代の竹井みどり。


00528 P00514S
左:『アクマイザー3』第23話より           
右:2009年10月
『アクマイザー3』第23話「なぜだ?!魔法力がきかない」で使用された、坂道中程から北東側を捉えたアングル。
ザビタンとイビルの間に見えるのは、今も残る大小二つの防護壁。


00525 00526
左:『超神ビビューン』第24話より(映⑥)     
右:『超神ビビューン』第24話より
P00517S
上:2011年2月
掲載した映画像は、『超神ビビューン』第24話「妖怪も恐がる?大魔王ガルバー出現!!」で坂道を駆け上がる渡部剛(演/打田康比古)と菅一郎(演/坂田敏彦)。
路上駐車、ゴミ袋に木材廃棄物・・・、殺伐とした雰囲気が一目瞭然。
作品がフィクションである場合、こうした状況は当然整備されると思われるが、その必要性が求められなかったのか、或いはそうした余裕も無い程にスケジュールが切迫していたのかは定かで無いが、映像には、当時のスタジオ周辺の様子がリアルに記録されている。
劇中に見られる街の何気無い風景にこそ真実があり、且つその史料性は高く、『東映生田スタジオ』作品は、フィクションであると同時に、当時の多摩美を知る上では究極のノンフィクション作品とも言えよう。


(映画像掲載作品)放映順
『仮面ライダー』第38話「稲妻怪人エイキングの世界暗黒作戦」(1971/12/12/18)
『好き!すき!!魔女先生』第22話「恐怖!ホラ穴の悪魔」(1972/2/27)
『好き!すき!!魔女先生』第23話「恐怖の毒薬!地獄の妖女」(1972/3/5)
『超人バロム・1』第16話「魔女ランゲルゲは鏡に呪う」(1972/7/16)
『どっこい大作』第6話「のびたラーメン一千万円!!」(1973/2/12)
『ロボット刑事』第8話「雷が殺した?!」(1973/5/24)
『どっこい大作』第26話「ゴメンよ!!母ちゃん!!」(1973/7/9)
『どっこい大作』第32話「パンで突っ込めーパン!?」(1973/8/20)
『ロボット刑事』第21話「恐怖デンネツマン マザー爆沈!!」(1973/8/23)
『どっこい大作』第36話「帰って来たびんぼう神!!」(1973/9/17)
『イナズマン』第5話「大空中戦!かみつくライジンゴー!!」(1973/10/30)
『どっこい大作』第41話「0.1グラムへの戦い」(1973/10/22)
『どっこい大作』第47話「青春のひみつ」(1973/12/3)
『仮面ライダーV3』第45話「デストロンのXマスプレゼント」(1973/12/22)
『どっこい大作』第61話「いちど限りの人生だ!!」(1974/3/18)
『仮面ライダーX』第22話「恐怖の大巨人!キングダーク出現!!」(1974/7/13)
『仮面ライダーアマゾン』第21話「冷凍ライダーを食べる人喰い獣人!」(1975/3/8)
『仮面ライダーストロンガー』第7話「ライダー大逆転!!」(1975/5/17)
『アクマイザー3』第23話「なぜだ?!魔法力がきかない」(1976/3/9)
『超神ビビューン』第7話「椅子が歩いた?謎の蒸発事件」(1976/8/24)
『超神ビビューン』第24話「妖怪も恐がる?大魔王ガルバー出現!!」(1976/12/28)


Phase005 End


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Phase004 【ロケ地】川崎市麻生区多摩美/多摩美界隈①PartⅠ

(編集前記)
Phase003(編集後記)でお知らせしましたように、今回は、『東映生田スタジオ』作品のロケ地について考証を行いたいと思います(今後、断続的に随時掲載といった形を取らせて頂く予定です)。
尚、比較対象に掲載する写真は、年度順ではございません。
ご容赦ください。




【多摩美界隈①(Y字路)PartⅠ】

生前、『仮面ライダー』で十六本の演出を手掛けた折田至は、次のように語っている。
「内田有作さんから、ロケーション撮影もスタジオから三〇分で行ける場所、半径五キロメートルの円を地図の上に書いて、その中で撮影するようにといわれました」(原文まま、「ウルトラマン対仮面ライダー」(編著/池田憲章 高橋信之 2001年/文藝春秋)より)
何故か―?
それは、当初、満足な予算が確保されていなかったことに他ならない。
勿論、シーンの必然性から例外は多々あるものの、移動に時間を要しない『多摩美界隈』は、コストの観点からも必要不可欠なロケ地として非常に重宝された。
『仮面ライダー』は勿論のこと、他の『東映生田スタジオ』作品でも汎用されたため、DVDなどで改めて視聴した際、「何処かで見た風景」「何処かで見た街角」と、記憶が甦る人も多いのではないだろうか。

まずは、『東映生田スタジオ』(跡地)から南へ50㍍ばかり行った所にあるY字路。
(『東映生田スタジオ』(跡地)から見て)西側は比較的勾配のある上り坂、東側はなだらかな下り坂となっており、小田急線/読売ランド前駅へと続いている。
今回は、その西側の坂道を取り上げ、概ねアングル別に考証を行ってみたいと思う。

坂道頂上付近より主に北東を捉えたアングル

004図1
上:国土交通省/航空写真(1974年)より(図1)

00402 00403
左:『仮面ライダー』第58話より         
右:『仮面ライダー』第58話より
00401 00406
左:『好き!すき!!魔女先生』第23話より      
右:『どっこい大作』第47話より
00426 00428
左:『仮面ライダーストロンガー』第7話より    
右:『アクマイザー3』第10話より(映①)
上下左右の違いはあるものの、アングルは何れも坂道頂上付近から捉えた図1のA。
『仮面ライダー』第58話「怪人毒トカゲ おそれ谷の決斗!!」では、Xアルファー液の開発者・大田黒博士(演/三島耕)の助手である橋本良子(演/牧まさみ)が、弟・清(演/西念順司)らの目の前で毒トカゲ男に拉致されるシーンが描かれた。
これら映画像に共通して写るのは、図1で「外装茶色の住宅」と示した個人邸宅(当時、S邸)。


00407 00408
左:『好き!すき!!魔女先生』第22話より(映②)  
右:『超人バロム・1』第16話より(映③)
        00409
           上:『好き!すき!!魔女先生』第11話より(映④)
映画像①、及び②、③に写る住宅群は、坂道東側眼下に位置する。
図1で言うと―。
映画像②、③は、何れもアングルBで、ここに写る住宅群をアングルCで捉えたものが、映画像④。
映画像①で確認出来る住宅群は緑枠部分(S邸(当時)除く)で、映画像④に写る住宅群は赤枠部分。
時の流れには逆らえず、これら住宅の多くが今ではすっかりと姿、形を変えており、やがて青枠部分(空地)にも・・・。


P00401S
上:2007年12月(写①)
P00402S P00403S
左:2008年12月(写②)            
右:2009年10月(写③)
現在、坂道東側に当時と同じ景観を望むことは叶わない。
少なくとも2007年12月の段階では、未だ映像と同様の景観が広がっていたのだが・・・(写真①)。
一年後となる2008年12月、既にガードレールは撤去され、眼下の空地(図1青枠部分)には重機の姿(写真②)。
そして、翌年、洒落た住宅のコピー群が登場した(写真③)。


00427
上:『超人バロム・1』第16話より
00412 00413
左: 『仮面ライダーアマゾン』第4話より      
右: 『秘密戦隊ゴレンジャー』第62話より
00404S
上:2011年6月
アングルは、図1のB。
当時、最南端の電信柱脇には〝警笛鳴らせ〟の標識が設置されていた。
但し、映画像②を見てみると、この時期には存在していなかったことが分かる。


00414 00415
左:『好き!すき!!魔女先生』第22話より        
右:『どっこい大作』第47話より
P00405S
上:2009年10月
アングルは、図1のD。
『どっこい大作』第47話「青春のひみつ」では、妹(後に義妹と明かされる)・京子(演/水沢アキ)と四年振りに再会したしも関わらず、「俺には妹なんかいない!」と邪険にする鳴門源次(演/佐々木剛)に、田力大作(演/金子吉延)がその理由を問い質すシーンが描かれた。
洒落た住宅のコピー群登場と共に、電信柱は南へ僅かに移動。
現在、〝警笛鳴らせ〟に代わり、南東角にカーブミラーが設置されている。


00416 00415S
左:『超人バロム・1』第16話より              
右:2012年9月
『超人バロム・1』第16話「魔女ランゲルゲは鏡に呪う」では、ローラースケートで遊んでいた木戸猛(演/飯塚仁樹)が上手く止まれず、この電信柱にぶつかり転倒するシーンが描かれた。


00417 P00416S
左:『仮面ライダーアマゾン』第4話より            
右:2009年10月
電信柱を支える二本のワイヤーの前に立ち、アマゾン(演/岡崎徹)を見送る〝おやっさん〟こと立花藤兵衛(演/小林昭二)と岡村マサヒコ(演/松田洋治)。
おやっさんから教わったこと、数知れず・・・。


00418 P00408S
左:『秘密戦隊ゴレンジャー』第62話より           
右:2011年2月
坂道最南端で身構えるのは、『秘密戦隊ゴレンジャー』でアカレンジャー・海城剛を演じた誠直也。
彼が見つめる先には・・・、『東映生田スタジオ』。


00419 00409S
左:『超人バロム・1』第9話より(映⑤)           
右:2009年10月
上に掲載した映画像は、『超人バロム・1』第9話「冷血魔人クモゲルゲ」で、絵画教室を開く菊村タツヤ(演/杉浦真三雄)がドルゲのアントマンに拉致される現場を目撃し、途方に暮れる教え子のマツミ(演/吉野比弓)。
アングルは図1のEで、坂道南西角に位置するY邸(当時)のブロック塀、及びフェンスをかすめたカット。


00420 P00410S
左:『超神ビビューン』第7話より             
右:2011年6月
『超神ビビューン』第7話「椅子が歩いた?謎の蒸発事件」でも、同様のアングルが確認出来る。
尚、Y邸(当時)は、『東映生田スタジオ』御用達の個人邸宅。
『好き!すき!!魔女先生』での「田辺歯科」を皮切りに、前述、『仮面ライダー』第58話では「橋本邸」。
また『超人バロム・1』では「白鳥邸」として使用されたエピソードもあり、『イナズマン』第2話「危うし少年同盟!呪いの水!」では「江川邸」として使用された。


00423 P00413S
左:『仮面ライダーアマゾン』第4話より           
右:2009年11月
こちらもアングルは図1のE。
『仮面ライダーアマゾン』第4話「走れ!怒りのジャングラー!!」では、立花藤兵衛が、完成したばかりのジャングラーをアマゾンに届けるシーンが撮影された。
「仮面ライダー生誕40周年記念 ライダー大集合!」(2011年7月16日~18日 於:池袋・新文芸坐)において、アマゾン・山本大介を演じた岡崎徹は、立花藤兵衛を演じた小林昭二について次のように述懐している。
「自分の未熟な部分をよくフォローしてくださいました。芝居に関しては「ここはこうした方が良いよ」って優しく指導してもらいましたね」
かつての共演者が小林について語る際、皆、同様のエピソード、そして厳しくも優しい人柄を口にする。
しかし、彼の慰撫し銀の演技を新作で見ることは、既に叶わない。
1996年8月27日、肺がんのため逝去。享年65歳であった。


00422 P00412S
左:『仮面ライダーV3』第45話より            
右:2012年9月
掲載した映画像は、『仮面ライダーV3』第45話「デストロンのXマスプレゼント」において、ブラックサンタ(演/藤沢陽二郎)を尾行するライダーマン・結城丈二(演/山口暁)。
Y邸(当時)の玄関口へ少し寄った位置からのアングル。
尚、残念ながら、山口も既に故人となっている。
小林が亡くなる十年も前、1986年4月6日、肝臓がんのため逝去。41歳という若さだった。


00421 P00411S
左:『どっこい大作』第6話より             
右:2015年11月
そのY邸(当時)前の電信柱越しに坂道を捉えたアングル。
『どっこい大作』第6話「のびたラーメン一千万円!!」制作時、『超人バロム・1』第9話制作時には未だ建築中だった家が完成しているのが分かる(映画像⑤参照)。


00424 P00414S
左:『秘密戦隊ゴレンジャー』第23話より          
右:2012年7月
『秘密戦隊ゴレンジャー』第23話「みどりの空中戦!怪飛行船の最期」では、Y邸(当時)前からのアングルB(図1)が確認出来る。


(主参考文献)
「ウルトラマン対仮面ライダー」(編著/池田憲章 高橋信之 2001年/文藝春秋)

(映画像掲載作品)放映順
『好き!すき!!魔女先生』第11話「0点バンザイ!!」(1971/12/12放送)
『好き!すき!!魔女先生』第22話「恐怖!ホラ穴の悪魔」(1972/2/27放送)
『好き!すき!!魔女先生』第23話「恐怖の毒薬!地獄の妖女」(1972/3/5放送)
『仮面ライダー』第58話「怪人毒トカゲ おそれ谷の決斗!!」(1972/5/6放送)
『超人バロム・1』第9話「冷血魔人クモゲルゲ」(1972/5/28放送)
『超人バロム・1』第16話「魔女ランゲルゲは鏡に呪う」(1972/7/16放送)
『どっこい大作』第6話「のびたラーメン一千万円!!」(1973/2/12放送)
『どっこい大作』第47話「青春のひみつ」(1973/12/3放送)
『仮面ライダーV3』第45話「デストロンのXマスプレゼント」(1973/12/22放送)
『仮面ライダーアマゾン』第4話「走れ!怒りのジャングラー!!」(1974/11/9放送)
『仮面ライダーストロンガー』第7話「ライダー大逆転!!」(1975/5/17放送)
『秘密戦隊ゴレンジャー』第23話「みどりの空中戦!怪飛行船の最期」(1975/9/20放送)
『アクマイザー3』第10話「なぜだ?!ダルニアの危機」(1975/12/12/9放送)
『超人ビビューン』第7話「椅子が歩いた?謎の蒸発事件」(1976/8/24放送)
『秘密戦隊ゴレンジャー』第62話「白い怪奇!死神館の罠」(1976/9/25放送)


Phase004 End


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