Phase001 「細山スタジオ」①

『東映生田スタジオ』(別称、「東映生田撮影所」)とは、『仮面ライダー』(1971年/東映・毎日放送 NET系)制作を機に、東映株式会社(以下、東映)が、「細山スタジオ」との賃貸契約期間中、同スタジオに用いた名称である。
尚、関係者らが当時を述懐する際、「生田撮影所」、「生田スタジオ」、或いは単に「生田」と呼称する場合もある。

今回は、その「細山スタジオ」について―。

1969年6月、恰も谷あいのような場所にあった畑地に、𡈽方工作氏と箕輪正治氏(両氏が土地の所有者)がオーナーとなって設立した貸スタジオ、それが「細山スタジオ」である。
所在地は、神奈川県川崎市細山43(当時)、現在の川崎市麻生区多摩美2丁目にあたる(関連書籍の中に、当時の所在地を「川崎市多摩区細山」と記しているものもあるが、多摩区が発足したのは1972年)。
尚、これまで、設立時期について具体的に触れた関連書籍は殆どなく、「1960年代の中頃に建てられた」との記述が唯一。
しかし、これは厳密に言うと誤りである。
また、一部ネットには、元々は大映の設備だったように記されているものがあるが、そちらについても事実ではない。

「始めたのは、昭和44年の6月だった」(談/𡈽方工作氏)
この氏の証言を裏付けるのが、川崎市稲田消防署(現・川崎市多摩消防署)に提出された、「細山スタジオ」運営開始に伴う「防火対象物使用開始届出書」。

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左)、右)共に「細山スタジオ」運営開始に伴う「防火対象物使用開始届出書」

書面に記載されている日付は、以下のとおり。
提出日:昭和44年5月29日
工事着手年月日:昭和44年4月19日
工事完了(予定)年月日:昭和44年5月31日
使用開始(予定)年月日:昭和44年6月4日

検査済印の日付は昭和44年6月5日で、ほぼ使用開始(予定)年月日どおり。
つまり、現段階では、残念ながら具体的日付の解明には至っていない(𡈽方氏も具体的な日付までは憶えていらっしゃらないとのこと)ものの、「細山スタジオ」の開設は1969年6月5日、若しくはそれから数日内だったと思われる。

因みに、𡈽方氏によると、よくある開設に伴う祝賀会・記念式典などは別段執り行っていないという。

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左)、右)共に「細山スタジオ」開設時に作成された広告の青焼きコピー

上に掲載したのは、「細山スタジオ」開設時に作成された、入用者募集広告の青焼きコピー。そこには、以下の内容が記されている(原文まま。読売ランドは、正しくは読売ランド前)。
用   途  ニュース、コマーシャル、映画、モデル撮影等、各種
建   物  120坪以上 2棟
完全完備  水道、電気、電話、ガス、便所水洗式(電気及び電話代は別料金)
料   金  (1棟)1日5万 10日以上3万 1ヶ月50万 3ヶ月40万 
        1年以上の方は相談致します
新宿より小田急線 読売ランド下車 歩いて10分

「10日以上3万」という料金は、当然、十日以上使用した場合の一日当たりの金額で、「3ヶ月40万」というのも、三ヶ月以上使用した場合の一ヶ月当たりの金額と思われる。
また、電話は当初より設置されていたが、一般にはまだまだ普及の段階だったらしく、「臨時で設置したんだ。当時、一般家庭では二年も待たなければならなかった。だから、うんと高かった(笑)」と、𡈽方氏は述懐されている。
尚、問い合わせに関しては、「商起」という有限会社の名が記載されている。

ここで、このS社と「細山スタジオ」の関係について記したいと思う。

前述したように、スタジオ以前には畑地が広がっていたが、そこは恰も谷あいのような場所。
「冬場は夕方3時を過ぎれば、殆ど陽が当たらないんです」
箕輪正治氏のご子息・広実氏によると、両側に森林が迫る鬱蒼とした畑地では、実際、満足のいく収穫は望めなかったという。
このまま続けるべきか、𡈽方氏、箕輪氏は土地の再利用を模索。
そんなある日―。

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右が𡈽方工作氏、左は箕輪正治氏のご子息・広実氏(2015年12月)

「スタジオを建設してみないか」
商起からの一言により状況は急転、運命の歯車が回り出す。
𡈽方氏によると、具体的なやり取りは既に憶えていないとのことだが、「撮影スタジオ建設」と「土地の再利用」、両者の思惑は見事に合致。
箕輪氏と相談した結果、件の地での畑作中断を決定、「細山スタジオ」開設に至ったという。

「メディ・あさお №176」(2016年/メディスタくらしの窓新聞社)において、𡈽方氏は、「もともとは私が映画会社の大映とつながりのある人から(以下、省略)」と仰っているが、この「大映とつながりのある人」が商起の関係者である。

では、そもそも何故、商起は𡈽方氏に商談を持ち掛けることが出来たのか?
両者の接点は―?
この点について、𡈽方氏のご子息・進一氏は次のように仰っている。
「中河原(編注:東京都府中市住吉町)に親戚が住んでいるのですが、以前、その敷地の一部にアパートを建設したんです。それを請け負ったのが、商起でした。大映テレビの中河原スタジオ(編注:後の府中多摩スタジオ―2008年取り壊し、現存せず)とは100㍍程の場所で、そこで何らかの切っ掛けがあり、話が進んでいったのでしょう」

『東映生田スタジオ』の原点、それは中河原にあったと言える。


(主参考文献)
○「KODANSHA Official File Magazine 仮面ライダー Vol.1」(2004年/講談社)
○「メディ・あさお №176」(2016年/メディスタくらしの窓新聞社)


Phase001 End


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