Phase025 『東映生田スタジオ』⑤ 【概要&(A)入口方面より】

所長、内田有作。
1971年2月1日、『東映生田スタジオ』始動。

ようやくの思いでスタジオ確保に漕ぎ着けたものの、新番組の放送開始まで残された時間は極僅か。
一息つく間もなく、スタジオでは、急ピッチで制作に向けての体制作り、整備が進められたという。

新番組とは、言うまでもなく『仮面ライダー』(1971年/毎日放送 NET系)。
その黎明期における制作エピソードは、これまでも数多くの関連書籍で披露されているが、何度読み返しても、その興味は尽きない(何れ、まとめてみたいと思う)。

では、『仮面ライダー』以外に、『東映生田スタジオ』ではどのような作品が制作されたのだろうか。
この点についても既知の内容ではあるが、改めてまとめてみたいと思う。

作品年表
上:主な『東映生田スタジオ』作品一覧表(作表/hide男)

ここに掲載したのは、テレビ作品に限ってのもの(各々、放送開始月、終了月を表記)。
尚、過去に刊行された某書籍、及び一部ネットには、『5年3組魔法組』(1976年/東映・NET系)も『東映生田スタジオ』作品であるとの記述が見受けられるが、事実ではない。
また、劇場用作品(テレビ放映分のブロー・アップ版は除く)としては、以下の八作品が制作されている。
・『仮面ライダー対ショッカー』(1972年3月18日公開)
・『仮面ライダー対じごく大使』(1972年7月16日公開)
・『仮面ライダーV3対デストロン怪人』(1973年7月18日公開)
・『飛び出す立体映画 イナズマン』(1974年3月16日公開)
・『五人ライダー対キングダーク』(1974年7月25日公開)
・『フィンガー5の大冒険』(1974年7月25日公開)
・『秘密戦隊ゴレンジャー 爆弾ハリケーン』(1976年7月22日公開)
・『ジャッカー電撃隊VSゴレンジャー』(1978年3月18日公開)

こうして見ると、今も燦然と輝きを放ち、後世に多大な影響を及ぼした作品が実に多いことか。
エポック・メイキングな作品も多く、そこに関係諸氏らの意地と野心、そして夢に満ちた挑戦を感じずにはいられない。

では、その源流・『東映生田スタジオ』は、どのような施設で構成されていたのだろうか。
以下は、「仮面ライダーSPIRITS~受け継がれる魂Ⅱ~」(2003年/講談社)に掲載された「完全図解 これが生田スタジオだ!」(監修/内田有作)をベースに作成したスタジオ概略図である。

img014
上:『東映生田スタジオ』概略図(作図/hide男)
広さ(大きさ)や配置は厳密ではなく、また時期によっても異なるが、第3ステージが増設された頃(詳細は改めて記載)と考えて頂きたい。

関連書籍において、これまで何度か『東映生田スタジオ』の現在がルポルタージュされており、また劇中、スタジオの施設それ自体が、言わばセットとして使用されたこともあるため、すぐさま具体的な画や映像が頭に浮かんだ方も多いのではないだろうか。

そこで、当ブログにおける『東映生田スタジオ』の項では、各施設毎での考察を行い、在りし日のスタジオに思いを馳せてみたいと思う。


025004
上:『仮面ライダーアマゾン』第16話より
S025001
上:2011年10月
まずは、俯瞰アングルから。
掲載した映画像は、『仮面ライダーアマゾン』第16話「ガランダーの東京火の海作戦!!」劇中、「市山火薬工場」という設定で映し出された、在りし日の『東映生田スタジオ』。
左より第1ステージ、スタッフルーム、制作ルーム、第2ステージが確認出来る。
映像でここまで広範囲に記録されているものは、これが唯一(実際の映像では、横パン)。
かつて、両脇に森林が迫り、撮影所としては実に狭く鬱蒼としたこの場所で、内田有作を始めとするスタッフ&キャスト陣は情熱を燃やし、『仮面ライダー』を始めとする数々の作品を世に送り出していたのである。

尚、周知のとおり、『東映生田スタジオ』、もとい「細山スタジオ」は、残念ながら既に存在しない。
1978年、東映(東京制作所)は、『透明ドリちゃん』(テレビ朝日)の制作を以って「細山スタジオ」との賃貸契約を解除。
同年5月6日からは、CFなどの撮影スタジオとして「C.A.L」によって管理、使用されたが、こちらも1995年2月末日を以って完全撤退している。
そして、同年3月、諸般の事情により、全ての施設が取り壊され、現在、その跡地は、「土方第一駐車場」と、「櫟」という一軒の蕎麦屋(但し、2011年5月を以って閉店)に姿を変えている。
因みに、関連書籍や一部ネットには、マンション建設が取り壊しの理由と記されているものがあるが、それは事実ではない(更に言えば、「土方第一駐車場」と「櫟」の建設も、その直接の理由ではない)。


【(A)入口方面より】
025006 025007
上2枚:特写より
MGGSAMA001
上:MGG様ご提供写真より(写①)
S025006
上:2012年4月
掲載した特写は、何れもスタジオ入口方面から敷地内を捉えたアングルで、『仮面ライダー』第1話「怪奇蜘蛛男」クランク・イン直後に撮影されたものと思われる。
尚、当時はスタジオに正式な入口(門)はなく、守衛も配備されていなかったという。
また、写真①は、「Looking for locations.」を開設されているMGG様よりご提供頂いた、「C.A.L」期に撮影された大変貴重なスチールである(厳密には、その読者でいらっしゃる匿名の方からご提供されたもので、1991~92年頃に撮影されたとのこと)。
「Looking for locations.」は、『仮面ライダー』を中心とした70年代の特撮番組のロケ地について、現代のそれと比較・考証をされているブログであり、稚ブログにもリンク先を記しているので、その素晴らしい記事の数々を是非ご覧頂きたいと思う。
現在、手前に広がるのが「土方第一駐車場」、奥に見える白い建物が蕎麦屋「檪」である。

S025011 S025012
S025013 S025010
上左:2009年11月
上右:2010年4月
下左:2011年2月
下右:2012年7月
春夏秋冬、季節によって随分と印象の異なる『東映生田スタジオ』(跡地)。
因みに、かつて、この入口周辺に杭が設置されていた時期があったという。
概略図でいう(A)から西側の笹薮の斜面に沿って歩き、(M)の遊歩道①を抜けると、現在の『多摩美公園』、多摩美2丁目、更には『よみうりランド』へと辿り着く。
しかし、スタジオ在りし頃、関係者らの車輌は勿論、機材搬出入用のトラックなども頻繁に出入りし、徒歩での通り抜けが困難になることが度々あったというのだ。
そこは公道ではなかったが、近隣住民の中には良く思わない方もいらっしゃり、抗議の意思表示として杭を設置されたのだという。
このままでは、車輌が敷地内に進入出来ず、仕事にならない。
しかし、今後もスタジオを運営していくには、やはり近隣の方々の理解と協力は不可欠。
内田有作は、すぐさま話し合いの場を設け、別所に関係者用の駐車場を賃貸すると約束、結果、間もなくして杭は撤去されたという。
このエピソードは、箕輪広実氏より伺ったもので、「親父(箕輪正治氏)から聞いた憶えがあります。実は、先日、○○さん(当時から近くにお住いの方)にこの話をしたところ、「あぁ、そんなことがあったなぁ」と、その方もよく憶えていらっしゃいました」とのこと。
今となっては、懐かしい思い出といったところだろうか・・・。
尚、別途、東映が賃貸した駐車場は、ある『東映生田スタジオ』作品にも記録されており、改めて考証を行いたいと思う。

S025015
上:岡村氏ご提供写真より
掲載した写真は、隣接する住宅にお住まいの岡村克彦氏からご提供頂いた、大変貴重なプライベート・スナップ。
時期としては、1974年末頃と思われる。
トラックの荷台に乗っているのは、『仮面ライダーアマゾン』に登場した十面鬼で、その背後に写るのはスタッフルーム、手前の建物は第2ステージである。
よく見ると、第2ステージの入口扉には、「No88」「東日(映のひへん部分)」「田(生田の田?)」の手書き文字が確認出来る。


S025016 S025017
S025018
上3枚:2010年4月
写真に写るお二人は、当時のスタジオの様子を身振り手振りで解説してくださっている、その岡村氏(右)と箕輪広実氏(左)。
「彼はとにかくお酒が大好きで、よく一升瓶を担いで家に来た。いい男だったなぁ」とは、岡村氏による内田有作評。
また、「当時はクーラーが無く、夏場は網戸で寝ていたが、ロケに出発するトラックは早い時には朝4時頃から準備をするので、うるさくて寝られなかった(笑)」「町内の会合によく会議室を借りていた」など、岡村氏からは、スタジオに隣接する場所に居住しなければ体験し得ない、居住していたからこそ体験し得たエピソードも数多く教えて頂いた。
更には、「「C.A.L」の頃、ナブラチロワがCMか何かの撮影で来ていて、うちにトイレを借りに来たことがあった。と言うのも、うちは当時から洋式だったけど、スタジオは和式だったので(笑)。その時、息子はテニス部に所属していて、うちにあったラケットを見つけた彼女はサインをしていった。学校から帰ってきた息子は、当然大喜びだった」という逸話も披露してくださった。


(謝辞)
「C.A.L」期に撮影された写真のご提供、並びに掲載をご快諾頂きましたMGG様、そして元提供者でいらっしゃいます「Looking for locations.」読者の方(匿名)に心より感謝申し上げます。
有難うございました。
また、当時の貴重な逸話を披露してくださった岡村克彦氏に、この場を借りて改めて御礼申し上げます。

(主参考文献)
「仮面ライダーSPIRITS~受け継がれる魂Ⅱ~」(2003年/講談社)


(映画像掲載作品)
『仮面ライダーアマゾン』第16話「ガランダーの東京火の海作戦!!」(1975/2/1放送)


Phase025 End


お願い&お断り
〇当ブログの記事、図版、画像などを無断で複写、複製、転載、データ化することはご遠慮願います(諸般の事情により、一部、画像処理を施してあります)。
〇当ブログ中、一部を除き、関係者の名は当時のものを記載し、敬称は省略させて頂きます。
〇ロケ地紹介などで掲載する写真の中には、経年の結果、撮影時とは更に変貌を遂げている箇所があります(参考までに撮影年月を記載します)。



当ブログは、管理人個人の趣味の範疇にあり、作品の配給元とは一切関係なく、利益を得ること、著作権を侵害する意図は一切ございません。
比較などのために引用する画像の権利は、全て原権利者に帰属します。
スポンサーサイト

テーマ : 昭和文化
ジャンル : サブカル

コメント

非公開コメント

No title

はじめまして。
私、CALスタジオの写真提供したものです。興味深く拝見しています。

改めて写真を見てみると電話ボックスは同じ位置にありますね。

また「カゲスター」は生田スタジオではないのでしょうか? 撮影会が三栄土木だったり、SP番組のぼくらのヒーロー大集合ではニューランドの前で一瞬ですがロボコンとの共演?も見られました。

今後も楽しみにしてます。

Re: No title

コメントを頂き、有難うございます。
またこの度は、「C.A.L」期の写真のご提供、掲載のご了承を頂き、誠に有難うございました。
重ねて御礼申し上げます。

大変貴重なものですし、色々と考察してみたいと考えております。
また何か思い出されたことなど御座いましたら、ご教示頂きたいと思います。
引き続き、宜しくお願い申し上げます。

尚、『ザ・カゲスター』は大泉作品と思われます。
プロフィール

hide男

Author:hide男
東映生田スタジオと同作品ロケ地研究の場です。

当ブログは、管理人個人の趣味の範疇にあり、作品の配給元とは一切関係なく、利益を得ること、著作権を侵害する意図は一切ございません。
比較などのために引用する画像の権利は、全て原権利者に帰属します。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセスカウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR