Phase041 『東映生田スタジオ』⑦ 【(C)第1ステージ】PartⅠ

(編集前記)
今回は、『東映生田スタジオ』の第1ステージについて考証を行いたいと思います。
尚、各作品、各シーンのうち、セット内で撮られたものが、具体的に第1ステージ、第2ステージ、若しくは第3ステージの何れのスタジオで撮影されたのか、その全容解明には至っておらず、おそらく今後も前進は難しいと思われます。
また、当Phaseは、第1ステージ全体の把握・考証を目的としておりますので、美術面での考証は最低限の記載に留め、その詳細(三上陸男(当時、「エキス・プロダクション」所属)が手掛けたショッカーのアジト側壁のデザインなど)については、別の機会に譲りたいと考えております。
ご了承ください。


【(C)第1ステージ】PartⅠ
時期によって異なるが、『仮面ライダー』におけるショッカー、及びゲルショッカーのアジト、更にはアミーゴ、立花レーシングクラブ、少年仮面ライダー隊本部といった所謂パーマネント・セット(レギュラー・セット)は、第1ステージに組まれていたと云われている。

「週刊少年マガジン」(1972年49号)では、「漫画家 石森章太郎 テレビ映画監督に変身!」と題して、巻頭カラーグラビア15ページに渡り、第84話「危うしライダー!イソギンジャガーの地獄罠」のビハインド特集が組まれている。
その中には、第1ステージに組まれていた少年仮面ライダー隊本部でのメイキング・スチールも掲載されており、大変興味深い。


最初に、アジトの変遷を簡単に振り返ってみたいと思う。

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上2枚:『仮面ライダー』第1話より(左:映①)
掲載した映画像は、『仮面ライダー』第1話「怪奇蜘蛛男」における本郷猛(演/藤岡弘)の改造手術シーン。
1971年2月7日、『仮面ライダー』の撮影は、このシーンから開始された。
つまり、『東映生田スタジオ』そのもののクランク・インである。

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上:『仮面ライダー』第5話より
掲載した映画像は、『仮面ライダー』第5話「怪人かまきり男」において、ショッカー首領の前に平伏すかまきり男のシークエンス。
基本的には、上下二つのフロアで構成されており、上部フロアには、ショッカー首領のレリーフが、出入り口でもある地球を描いたドアの上部に設置されていた。
一方、下部フロアでは、戦闘シーン(立ち回り)が描かれることも多かったが、「テレビで見るよりも、随分と狭かった」とは、当時、実際にこのセットを目撃された𡈽方進一氏の弁。

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上:6連カード(天田印刷加工)
掲載したのは、当時、天田印刷加工から発売されていた、所謂6連カードの一枚。
セットの上部が記録されたスチールで、ライトとそれを吊るす二重が確認出来る。
僅かに階段部分が変更されているが、2号編になっても基本的なレイアウトに変更はない。

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左:『仮面ライダー』第46話より
右:『仮面ライダー』第53話より
これは、主に第5クールから第6クール(厳密には第7クール第79話まで)にかけて使用されたショッカー・アジトの二階建てセット。
但し、第4クールの第46話のみ、このセットが使用されている(第4クール第47話から第52話までは、旧セット)。

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左:『仮面ライダー』第83話より
右:『仮面ライダー』第98話より
ショッカーからゲルショッカーへの組織再編劇に伴い、アジトのセットも一新された。
レリーフ下の刳り貫きが、あたかも骸骨を彷彿させる。

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左:『仮面ライダーV3』第23話より
右:『イナズマンF』第11話より
また、『仮面ライダーV3』のデストロン、『イナズマンF』のデスパー軍団など、他の『東映生田スタジオ』作品に登場した敵側組織のアジト(本部)も、概ね第1ステージにパーマネント・セットとして組まれていたと思われる(但し、広さを要した『仮面ライダーX』のキングダーク、『仮面ライダーアマゾン』のゲドンのセットは、他のパーマネント・セットとの兼ね合いから、第2ステージに常設されていた)。

しかし、Phase025に掲載した『東映生田スタジオ』作品一覧表をご覧頂ければ一目瞭然、一時期例外はあるものの、『東映生田スタジオ』では、ほぼ二作、三作と数作品の制作が並行して行われていた。
例えば、1972年の3月には、放映中の『仮面ライダー』の他、4月からの放送が決定していた『変身忍者 嵐』、『超人バロム・1』の制作も始まっており、少なくともショッカー、血車党、ドルゲのアジトがパーマネントとして存在していたはず(『好き!すき!!魔女先生』の制作は終了していたと思われる)。
他にも、『仮面ライダー』で言えば、立花レーシングクラブのパーマネント・セットもあり、仮に全てが第1ステージに組まれていたとすれば、解体・復元があったにせよ、時間、配置と、かなり切迫していたのではないだろうか。

尚、「仮面ライダーSPIRITS~受け継がれる魂Ⅱ~」(2003年/講談社)に掲載された「完全図解これが生田スタジオだ!」(監修/内田有作)には、ドルゲ洞、マンション、研究所のセットは、第3ステージに組まれていたように記されているが、少なくとも1972年3月の段階では未だ第3ステージは建っておらず(詳細は、(J)第3ステージの項で考証予定)、これは残念ながら事実ではない。
ドルゲ洞は別として、そうした準パーマネント・セット、或いは単発のセットの中には、第2ステージに求められた部分も少なからずあったと思われるが、詳細は不明である。

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左:『仮面ライダー』第40話より
右:『仮面ライダー』第41話より
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上:ショッカー・レリーフ(所蔵:𡈽方氏)
1972年1月1日に放映された第40話「死斗!怪人スノーマン対二人のライダー」は、『仮面ライダー』史上、初のダブルライダー競演となった記念碑的エピソード。
上左に掲載した映画像は、その冒頭、ショッカー・スイス支部(第1ステージに組まれた旧セットの流用)において、死神博士(演/天本英世)が「日本列島征服作戦」を説明するシーンである。
ここに写るショッカーのレリーフは、当エピソードと翌週に放送された第41話「マグマ怪人ゴースター 桜島大決戦」の二話のみに使用されたもので、下に掲載したのは、現存するその実物。
よく見ると、二階建てセット時に掲げられたショッカーのレリーフにも似ており、このデザインが踏襲されたのかもしれない。

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上4枚:ショッカー・レリーフ(所蔵:𡈽方氏)
𡈽方氏によると、偶さかスタジオを訪れた時だったという。
「捨てるなら、これ、貰っていっていいか?」
近くにいたスタッフから、廃棄されようとしていたこのレリーフを受け取られたとのこと。

映像では分かり辛いが、実際には細部まで非常に丁寧に作り込まれており、「エキス・プロダクション」が、卓越したセンスと職人技を以って如何に仕事に取り組んでいたのかが分かるプロップと言えよう。
既に一部欠落している箇所や、ボンドで補修されている部分もあるが、よく見ると、両翼にはボードに打ち込まれていた釘穴の痕跡も確認出来る。
尚、材質は木で、𡈽方氏によると、『東映生田スタジオ』で使われていた木材料は、近くにある「白井材木」から取り寄せていたとのこと。


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左:2011年7月
右:『仮面ライダー生誕40周年記念 ライダー大集合!』パンフレット
ここで余談。
2011年7月16日(土)から18日(月)の三日間に渡り、新文芸坐において、『仮面ライダー生誕40周年記念 ライダー大集合!』という歴史的一大イベントが行われた。
各日三回構成・各回入れ替え制で、最終日の第三回を除く他の八回は、それぞれ過去の劇場用作品の中から三作品の上映、ゲストによるトークショー、抽選会という内容であった。
その二日目、17日(日)の第2回トークショーは、阿部征司(元・東映プロデューサー)司会のもと、『仮面ライダーX』で仮面ライダーX/神敬介を演じた速水亮、そして、『仮面ライダー』最初期から撮影、照明を担当した川崎龍治、太田耕治によって行われた。
掲載した写真は、その第2回目と第3回目の合い間、喫煙室で偶然にも三人きり(?)となった際の川崎(左)、太田(右)の両氏。
この直前に行われたトークショーで、お二人は映画像①のシーンについて、次のような逸話を披露されている。

太田:
あの話して良い?最初の『仮面ライダー』の冒頭で、藤岡弘が丸い台の上で改造されるシーンがあったじゃないですか。その時、電気を流される描写があって、私の頭の中ではフレアみたいに強い光が下から当たって、人物はシルエットで真っ黒にしか見えないというイメージがあったんですよ。改造とか言っても、所詮ウソだから。あまりはっきり見せない方が良いと思ったんです。その時のキャメラマン、川崎さんの前任者(編注:山本修右)に、「トばして(編注:光で映像が白く見えなくなる状態)くれよ」って言ったら、向こうも「OK!」と。でも、上がってきたフィルムを見ると、全然トんでない。「一体どういうことだよ」って思ったんですけど、あれは何でなの?
川崎:
実は撮影部にとって、「トばす」っていうのは非常に怖いことなんですよ。要するに何も映っていない状態ですから。それでちょっと絞ったんですが、そのことを太田さんには言わなかった。今、考えれば、確かに太田さんの言う通りなんですけどね。

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上2枚:『仮面ライダー』第1話より
これが、問題のシーン・・・、確かに〝トんで〟いない。

また、同トークショーでは、このようなやり取りも・・・。

速水:
お二人が大映の先輩だった(編注:速水は大映ニューフェイス第20期生)ってことは、僕も去年分かったんですよ。ファンの皆さんはご存知でしょうけど、僕がよくインタビューとかで話している「第1話の改造手術シーンで酷いことを言った照明のチーフ」ってのは、実はここにいる太田さんですから(笑)。太田さんは憶えてないでしょ?
太田:
いつも無責任なことを言ってるから憶えてません(笑)。
速水:
1月の寒い時期、僕が冷たい鉄板の上に裸同然で寝かされているのに、そこに暖房も何もつけてくれないんですからね。そうしたら、いつも来ている雑誌社のカメラマンの人(編注:大島康嗣と思われる)が、「寒いだろうから」って俺の傍にストーブ持ってきてくれたんです。そしたら太田さんが「甘やかすな!」って。ホント、腹が立ちましたよ、あの時は。
太田:
(笑)。でも役者ってのはさ、スタッフが厳しくやらないと駄目なんですよ。
速水:
まあ、確かに。歴代のライダーも、そうやって鍛えられてきたんでしょう。

因みに、映画像①が撮影された際のメイキング・スチール(『仮面ライダー 1971~1984 秘蔵写真と初公開資料で蘇る昭和ライダー10人』(2014年/講談社)29㌻掲載写真など)をよく見ると、藤岡弘の背後にストーブが置かれているのが分かる・・・。


閑話休題。
次に、『東映生田スタジオ』作品の中で、第1ステージの外観が映し出されているものを取り上げたいと思う。

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左:『仮面ライダー』第10話より(映②)
右:2009年11月
掲載した映画像は、『仮面ライダー』第10話「よみがえるコブラ男」において、再生コブラ男らが能力実験場へと向かうシーン。
このカットは、第1ステージ北側の外壁を西側から捉えたもの。
この後、この北側に、第3ステージが増築されることとなる。
掲載した写真に写るのは、「手打ちそば 櫟」(但し、2011年5月を以って閉店。詳細はPartⅡで記載予定)。

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上:『仮面ライダーアマゾン』第16話より
『仮面ライダーアマゾン』第16話「ガランダーの東京火の海作戦!!」では、「市山火薬工場」という設定で使用された。

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左:『秘密戦隊ゴレンジャー』第6話より
右:2017年5月
『秘密戦隊ゴレンジャー』第6話「赤い謎!スパイルートを海に追え」では、鉄輪仮面が取引を行う倉庫街の設定で、「田口海運」の看板が掲げられたスタッフルームの背後に映し出されている。
因みに、当エピソードの演出を手掛けたのは、田口勝彦監督。

その他、『仮面ライダー』第39話「怪人狼男の殺人大パーティー」など、スタッフルームの背後に僅かに映り込んでいるシーンもあるが、そちらは(F)スタッフルームの項で改めて取り上げる予定。
また、ご存知のとおり、現在の『多摩美公園』で撮影されたシーンの中には、第1ステージが映り込んでいるものも少なくないが、そちらについても、別途、『多摩美公園』の項で考証を行いたいと思う。。

次に、「C.A.L」期に撮られた写真を紹介したいと思う。

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左:MGG様ご提供写真より
右:2017年5月
これは、「Looking for locations.」を開設されているMGG様よりご提供頂いた、大変貴重なスチール(厳密には、その読者でいらっしゃる匿名の方からご提供されたもので、1991~92年頃に撮影されたとのこと)で、奥に見えるのが第1ステージ。

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左:MGG様ご提供写真より
右:2017年5月
手前に写るのが第1ステージ。
尚、「C.A.L」期には、第1ステージはBステージと呼称されていた。
因みに、「C.A.L」期の1982年6月25日から7月31日まで、スタジオでは大規模な改修工事が行われているが、第1ステージ(Bステージ)については、床コンクリート打設改修、及び水道引込修理だけでに留まっている。
また、それ以前、第1ステージ西側出入り口の北側に、倉庫が増設されている。

では、実際どのような構造、規模を有していたのだろうか。

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上:第1ステージ平面図、及び立面図(所蔵:𡈽方氏)
これは、1969年1月27日に作成された第1ステージの平面図、及び立面図である。
以前、記したように、『東映生田スタジオ』における第1ステージ、及び第2ステージは、「細山スタジオ」では、第2ステージ、第1ステージと呼称されていた。
右上に〝第二スタジオ〟と記されているのは、そのためである。
左の図を反時計回りに90度回転させたのが、右上図となり、右下図は、水路側(ほぼ西側)から捉えた立面図。
建築面積は、393.64㎡(120.8坪)とあり、詳細は改めて記すが、第2ステージよりも僅かに小さかったようである。
建物は、鉄骨外製モルタル塗で、屋根は波型スレートであった。
また南側には、器具倉庫(45.9㎡(記載は約13坪))の文字が見受けられるが、これは、後に、小道具、及び「生田美術」の倉庫として使用された建物で、特写などでは今一つはっきりしなかったが、第1ステージに密接して建っていたことが分かる(後に、第1ステージ東側にも拡張されることとなるが、その具体的な年月は不明)。
尚、出入り口となる扉は、二重構造となっており、西側中央やや南寄りに一つと、北側の合計二箇所に設けられていた。
映画像②に写るのは、北側の出入り口で、上部に見えるのは、ステージ全体の屋根ではなく、その出入り口の霧除け屋根である。
尚、第2ステージについては、高さが示されたもの、更には天井トラス部分の詳細図も現存するが、残念ながら第1ステージについて記されたものは、現段階では発見されていない。
いずれにせよ、第1ステージの概要を知る上では、大変貴重な資料である。

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上:第1ステージ屋根の一部(寄贈:箕輪氏)
前述したように、第1ステージは、鉄骨外製モルタル塗で、屋根は波型スレートであった。
掲載した写真は、現存するそのスレート屋根の一片で、「畑の囲いや納屋を作るのに、もしかしたら利用出来るかもしれない」とのことから、「細山スタジオ」解体時、箕輪正治氏によって保存されたもの。
大変貴重な、まさに一級品の史料と言えよう。
長年、陽の光を浴び、風雨に晒され、時には雪に白く染められたこともあったであろう。
そのため、保存状態は決して良いとは言えない。
しかし、その色褪せ、痛みは、当時、内田有作らが抱いた喜怒哀楽をそのまま反映しているようでもあり、個人的には非常に感慨深いものがある・・・。


(映画像掲載作品)放映順
『仮面ライダー』第1話「怪奇蜘蛛男」(1971/4/3放送)
『仮面ライダー』第5話「怪人かまきり男」(1971/5/1放送)
『仮面ライダー』第10話「よみがえるコブラ男」(1971/6/5放送)
『仮面ライダー』第40話「死斗! 怪人スノーマン対二人のライダー」(1972/1/1放送)
『仮面ライダー』第41話「マグマ怪人ゴースター 桜島大決戦」(1972/1/8放送)
『仮面ライダー』第46話「対決!! 雪山怪人ベアーコンガー」(1972/2/12放送)
『仮面ライダー』第53話「怪人ジャガーマン 決死のオートバイ戦」(1972/4/1放送)
『仮面ライダー』第83話「怪人イノカブトン 発狂ガスでライダーを倒せ」(1972/10/28放送)
『仮面ライダー』第98話「ゲルショッカー全滅!首領の最後!!」(1973/2/10放送)
『仮面ライダーV3』第23話「恐怖!墓場から来た吸血男」(1973/7/21放送)
『イナズマンF』第11話「美しいサイボーグ!暁に分身す!!」(1974/6/25放送)
『仮面ライダーアマゾン』第16話「ガランダーの東京火の海作戦!!」(1975/2/1放送)
『秘密戦隊ゴレンジャー』第6話「赤い謎!スパイルートを海に追え」(1975/5/10放送)


Phase041 End


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