Phase045 『東映生田スタジオ』⑧ 【(C)第1ステージ】PartⅡ

群馬県川場村、嬬恋、会津磐梯産の蕎麦粉を丸抜きのまま仕入れ、石臼で自家製粉、その日に使用する分だけを手打ちする。
鰹の本節、枯節に鯖節を少々加えて深みを出した出汁で作るつゆは、厳選した生醤油や約70ものミネラルを含んだ天然塩を使い、化学調味料は一切使用しない。
「せいろ」と「田舎そば」の二種が基本で、共に二八そば。
値段は、「せいろ」750円、「天せいろ」1,800円、「ランチ」1,400円~。
営業時間は以下のとおり。
11:30~14:30(LO)
17:00~20:00(LO)(後に、夜の営業は取り止め)
定休日:火曜日・水曜日


かつて、『東映生田スタジオ』の第1ステージが君臨していた場所には、現在、「手打ちそば 櫟」(以下、「櫟」)という蕎麦屋が建っている・・・が、諸般の事情により、残念ながら2011年5月を以って無期限営業休止に突入。
あれから既に六年という歳月が流れた・・・。


【(C)第1ステージ】PartⅡ


白いコテージ風の洒落た外観で、木の温もり溢れる店内は、いつも落ち着いた雰囲気が漂っていた。
そこで、店主の箕輪広実さんより伺った『東映生田スタジオ』に纏わるお話は、公に出版されている関連書籍では知る由もなかった新鮮で、貴重なものばかり。
当ブログ開設には、後に出会った多くの方々からのご助言や薦めもあったが、やはり箕輪さんとの出会いがなければ、実現していなかったばかりか、そうした多くの出会いもまたなかったかもしれない。
箕輪さん、そして「櫟」との出会いは、愚生にとってあまりにも大きかった。

ポイントを絞って振り返りたいと思う。

S046001
上:2007年12月

①「檪」が、『東映生田スタジオ』跡地に建っている
②箕輪さんが、間接的に『東映生田スタジオ』の関係者である
③蕎麦が美味しい

①について・・・
前述したように、「檪」が建っている場所(駐車スペース含む)には、かつて、『東映生田スタジオ』の第1ステージが君臨していた。
つまり、同店は、『東映生田スタジオ』第1ステージの現在の姿ということである。

②について・・・
箕輪さんとの出会いは、2005年3月まで遡る。
初めての来店であったにも関わらず、息子と愚生は、店員の方に、当時、解明出来ていなかった『仮面ライダー』のロケ地についてお尋ねしたのだが・・・、返ってきた返答は、全く見当がつかないというもの。
やがて店内の混雑が緩和された頃、厨房から明らかに店主と分かる方が出て来られ、「いやぁ、懐かしいですねぇ。ちょうど一年くらい前にも、当時のスタッフの方が、スタジオ跡地や制作に関係した場所の写真を撮りたいからと、訪ねて来られたことがあったのでが・・・。わざわざ△△県からですか?」
これが、箕輪さんとの出会いだった(因みに、愚生が神奈川県に引っ越してきたのは四年ほど前)。
屈託のない笑顔と穏やかな口調、物腰柔らかい対応と愛らしい目、瞬時に愚生ら親子はその人柄に惹かれてしまった。
この時は、他のお客さんもいらっしゃったため、それ以上のやり取りはなかったが、その年の暮れクリスマス・イヴに再び訪問。
他のお客さんが帰られるのを見計らい声を掛けてみると、なんと愚生らのことを覚えてくださったではないか!
夜の仕込みもあったであろう、にも関わらず、暫く時間を割いて、愚生らにお付き合いしてくださったのである。
『東映生田スタジオ』の前身、つまり「細山スタジオ」の創設者は、箕輪正治氏と𡈽方工作氏という地元農家のお二人で、箕輪さんは正治氏のご子息だという事実は、この時に伺った話である。
その後、神奈川県へのロケ地巡りではほぼ欠かさず訪問。
その度に、公には決して語られることのない貴重なお話を数多くご教授頂き、今でも非常にお世話になっている次第である。

③について・・・
これは、もう理屈抜きで美味しい!
中でも一押しは、「せいろ」。
仄かな香りが気持ちを落ち着かせ、茹で加減、冷水でのしめ具合も文句のつけようがない。
「コシがある蕎麦でなく、水のようにすっと入って、後でまた食べたくなるそばを目指しています」(談/箕輪氏)
蕎麦汁は、酸味、辛味、甘味が複雑に絡み合い、口に含んだ瞬間、なんとも形容し難い深い味わいが、延髄の裏側にまで広がっていく。
そして、「天せいろ」に添えられた車海老と季節の野菜数種の天ぷら。
これもまた美味しい!
その味は、マスコミで頻繁に取り上げられる天ぷら専門店も脱帽間違いなし。
主役の「せいろ」を引き立てる役柄でありながら、さり気なく、それでいてしっかりとその存在感をアピールしている。

S046002
上:2010年12月
これが、箕輪さんの魂が込められた「天せいろ」。
妥協無き渾身の作品である。

序に、デザート。
お勧めは、「蕎麦のシフォンケーキ」。
一見、地味とも思えるシフォンケーキの横に、汚れを知らない純白の生クリームが鎮座する姿が、何処か微笑ましい。
勿論、美味で、ケーキなど甘いものは滅多に口にしない愚生でさえ、この時ばかりは甘党に変身する。

S046003 S046004
左:2007年12月
右:2010年9月
左が、「蕎麦のシフォンケーキ」。
一見、シンプルだが、香り、味と非常に気品がある。
右は、店内の様子。
写真に写るのは、物腰の柔らかさが好印象を与える、弟子のK君。
動きに一切の無駄が感じられない彼の仕事ぶりは、ついつい見惚れてしまう。


『小田急線/読売ランド前駅』からクネクネと路地裏を抜け、なだらかな坂道を歩いて行けば、その行き止まりとなる谷あいに「檪」は建っている。
店内は、いつ行っても満席。
場所柄、『よみうりランド』からの帰途に立ち寄る方、或いはハイキングの途中に立ち寄る方もいらっしゃるが、わざわざ遠方から車で来られる、上品な年配のお客さんも多い。
そして、あちらこちらから聞こえる「美味しいわねぇ~」の声。
・・・確かに美味しい。
それは間違いない。
しかし、そんな声を聞く度に、正直、何処か複雑な気持ちになってしまうのもまた事実。
温泉に秘湯があるように、我々にとって、「檪」はまさに秘店と言ったところ。
気にいっているからこそ、人には知られたくない、人間が本能として抱くジェラシーのような感覚を覚えてしまうのである。

また、麻生区や多摩区を中心としたロケ地巡りでは、「櫟」での昼食を決めて、前後のスケジュールを企てることも少なくない。
ただでさえ、『東映生田スタジオ』第1ステージが建っていた場所、そこにこの美味しい「せいろ」。
訪問しないわけがない。
在りし日の『東映生田スタジオ』を想像しながら食する「せいろ」・・・、暫し時間が経つのを忘れてしまう空間、それが「檪」である。

・・・それが「櫟」であった。

S046005 S046006
左:2007年12月
右:2011年6月
左に掲載した写真は、当時、防護壁の南に設置されていた「檪」の案内板。
「あの(無期限営業休止)後も営業時間の確認や予約の電話が後を絶たず、結局、電話番号を変えました」と、箕輪さんは苦しい胸の内を語ってくださった。
実際、約半年後となる2011年10月、店の前で話をしていた時でさえ、横浜ナンバーの車が来店。
ご夫婦で来られたその方に、閉店した旨を伝える箕輪さんの顔を私は直視することが出来なかった・・・。
右は、閉店を伝える張り紙。

S046008
上:2012年12月
「「櫟」の天せいろ、もう一回食べたいなぁ」
時折、思い出したように息子は言う。
幼少期に数回しか食べたことがないにも関わらず。
以前、この話を箕輪さんに伝えたところ、こう仰っていた。
「そう言ってくださる方が遠く△△県にいらっしゃるだけでも、十年近くやった甲斐がありました」

愚生も息子と一緒である。
もう一度、あの店で、あの「せいろ」を味わいたいと願ってやまない。
必ずや「櫟」は復活する。
K君も帰ってくる。
そう信じて疑わない。

(編集後記)
記事の一部に、敢えて過去形の表現を用いていません。
ご容赦ください。


Phase045 End


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