Phase027 【ロケ地】川崎市麻生区多摩美/多摩美界隈③PartⅦ

1992年に発行された「ENTERTAINMENT BIBLE.44 仮面ライダー大図鑑5」(BANDAI)には、次のような記載がある。
「生田スタジオから小田急よみうりランド駅方向に歩いて2分少々の所にある」(原文まま。正しくは読売ランド前駅)と。

これは、『仮面ライダー』第4話「人喰いサラセニアン」で、宮下雪江(演/篠雪子)・健二(演/五島義秀)姉弟が暮らしていたアパート「生田の静春荘」(劇中呼称)に使われたロケ地の解説文である。

029001 019002
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上4枚:『仮面ライダー』第4話より(左上:映①)
S029002
上:2007年12月(写①)
掲載した映画像に写るのが、その宮下姉弟が暮らす「生田の静春荘」。
ロケに使用されたのは、その名もズバリ『静春荘』(関連書籍の中には、「青春荘」と記載されているものがあるが、そちらは誤り)、現在のそれを「シェモア」という。
場所は、「神尾アパート」(当時)の、路地を挟んだ北側にあたる。
既に大幅なリフォームがなされており、階段も西向きに二箇所あったものが、南向きに一箇所のものに変わっている。
注目すべきは、映画像①に写る灰色の門扉。
黒色に再塗装されているが、写真①を見てみると、「シェモア」の左(北側)に同様の門扉が設置されているのが分かる。
尚、「ENTERTAINMENT BIBLE.44 仮面ライダー大図鑑5」に記されているように、読売ランド前駅から二分では辿り着くことは出来ない。

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上2枚:『仮面ライダー』第4話より
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上:2009年10月
S029007 S029005
左:2010年12月
右:2011年6月
掲載したのは、行方不明となった姉の捜索を健二から依頼され、本郷(演/藤岡弘)が駆けて行くカット。
門扉が確認出来るが、その北側には未だ住宅が建てられていなかったことが分かる。

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上2枚:『仮面ライダー』第4話より
S029008
上:2007年12月(写②)
掲載した映画像は、「生田の静春荘」前でのシーン。
前の道路は、『静春荘』を出て北側2~3㍍の辺りから傾斜が変わっている。
2007年12月の段階では、まだ往時の雰囲気を感じることが出来たのだが・・・。

S029009 S029010
左:2008年12月
右:2009年10月
Phase004などでも記したとおり、現在、背後に写る擁壁の一部は撤去され、洒落た住宅群に姿を変えている。

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左:『仮面ライダー』第4話より
右:2011年6月
本郷に飛行機の模型を手渡し、姉の捜査を依頼する健二。
同じく『静春荘』前で撮影されている。

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左:『好き!すき!!魔女先生』第8話より
右:『イナズマン』第15話より
これは、北側から捉えたアングル(このアングルの詳細は、また改めて取り上げる予定)。
撮影された時期は異なるが、それぞれ青い階段を備えた白い外壁の建物が、『静春荘』と予想がつく。
そして、現在、この場所に建つのが、「シェモア」である。

SS.jpg
上:『イナズマン』第15話より
これは、上掲した『イナズマン』第15話「影をくわれたお母さん」の映画像をアップにしたもの。
煙突のような突起物があるため判断し難いが、灰色の門扉を有する茶色い外壁の住宅と、『静春荘』と思われる建物の間にもう一軒、住宅が存在したように思われる方がいらっしゃるかもしれない。
二軒の屋根を結んでみると、確かに高さが違う(『好き!すき!!魔女先生』第8話の映画像でも明らか)。
しかし、『仮面ライダー』第4話の映画像を見れば一目瞭然、この二軒の間に住宅が存在していなかったことは明らかである。

029014 029015
左:『好き!すき!!魔女先生』第11話より
右:『好き!すき!!魔女先生』第11話予告編より
掲載した映画像は、『好き!すき!!魔女先生』第11話「0点バンザイ!!」で映し出された『静春荘』と灰色の門扉を有する外壁が茶色の住宅。
撮影は、Phase004などでも記した、西側にある坂道頂上付近からと思われる。
健二らが上り下りしたのは、右側に並ぶ三棟のうち真ん中の建物で、「シェモア」は、その手前の建物と合わさって改築されたものである。
映画像①をよく見ると、地面に陽が射し込んでいる部分があり、建物が連続していなかったことが分かる。
尚、右に掲載したのは、『同』第10話「神風道中 東京-大阪!!」終了後に放送された第11話の予告編。
新聞紙が上手くコントロール出来ず、本編とは異なるNG版が使用された。
カメラは流れる新聞紙を捉えていたため、結果、本編では見ることの出来ない建物の下部分が記録されている。

では、当時の住宅地図にはどのように記載されていたかを見てみたいと思う。
ここでは、手前の建物をA、真ん中の建物をBと記すこととする。

1969年 A:静春荘 B:用地
1971年 A:静春荘 B:アパート
1973年 静春荘(A+B)

1987年 A:静香荘1棟 B:静香荘2棟
1995年 シェモア(A+B)

まず1973年の『静春荘』は、1971年段階で、その隣にあったアパートと合わさり一つになったことが分かる。
この前刊となる1969年度版では、このアパート部分は用地となっており、おそらく『静春荘』の新棟を前提として建てられたものであろう。
事実、初めて印字で記載された1987年度版では〝1棟〟〝2棟〟の文字が見られる(それ以前は手書き文字)。
が、問題は、この1987度版。
よく見ると、『静春荘』の〝春〟の文字が〝香〟と記載されているではないか!
誤植か?
〝春〟と〝香〟、確かに酷似している。
しかし、その後も「シェモア」に名称変更されるまで、刊行されたものには全て「静香荘」と記載されているのである。
では、手書きで記載されていた時期のものが誤りだったのだろうか。
考えられるのは、以下の3つ。
①当初は『静春荘』だったが、1987年頃を境に「静香荘」と実際に名称変更された。
②最初から「静香荘」だった。しかし、何処かの段階で、行書で書かれた〝香〟という文字が〝春〟と読まれてしまい、暫く活用されてしまった(文字の近似)。
③「シェモア」に変更されるまで一貫して『静春荘』だった。パソコン、或いはワープロで〝静春〟は一発変換出来ず、〝しずか〟と入力・変換した際、候補字の最初にあった〝静香〟を選択、そのまま使用された。

結論は出ていないものの、おそらく「静香荘」は間違いで、そのように呼ばれた時期は一切なかったと思われる。

029018 029019
上2枚:『どっこい大作』第26話より
掲載した映画像は、『どっこい大作』第26話「ゴメンよ!!母ちゃん!!」で、『静春荘』の前を北へ疾走する田力大作(演/金子吉延)。
撮影は、Phase011などで記したY字路分岐部からズームで撮られている(右は、左映画像のアップ)。
この映画像をよく見てみると、道路沿いに設けられブロック塀に白い看板が掲げられているのが分かる。
はっきりと解読出来ないものの、文字数は明らかに三文字。
おそらく『静春荘』と記されていたと思われる。

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左:『仮面ライダー』第4話より
右:2012年9月
健二と共に、本郷を見送る緑川ルリ子(演/真樹千恵子)と野原ひろみ(演/島田陽子)。
劇中、「生田の静春荘」前から南西方向を捉えたアングル。
緑川ルリ子の背後に、前述した三文字の看板が掲げられていたと思われる。

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上:『仮面ライダーV3』第17話より
S029013
上:2009年10月
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左:『仮面ライダーV3』第17話より
右:2011年6月
掲載した映画像は、『仮面ライダーV3』第17話「デビルスプレーは死神の武器」で、スプレーネズミが細菌兵器デビルスプレーを一般市民に噴射するシーンの一部。
場所は、『静春荘』の南西角にあたる。

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左:『イナズマン』第4話より
右:2007年12月
『イナズマン』第4話「日本列島大爆発!!」で、渡五郎(演/伴直弥)が立つのは、『静春荘』と「神尾アパート」の間にある路地。
背後に建つのが、『静春荘』である。

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左:『どっこい大作』第32話より
右:2009年10月
『どっこい大作』第32話「パンで突っこめ-パン!?」で映し出された『静春荘』。
『らんど戸隠』前から撮影されている。
手前に写るのは、「神尾アパート」。

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左:『仮面ライダーV3』第17話より
右:『イナズマン』第4話より
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上:2009年11月
共に、『静春荘』の西側。
『仮面ライダーV3』第17話では一般市民がデストロンに襲われ、『イナズマン』第4話では富島博士(演/宮田光)が駆け抜けた。
この後、富島博士は、「三橋パン」、つまり「怪獣のカンヅメ・モンスター」を販売していたタバコ屋、「ハッピーパン」、もとい『小川商店』へと向かう。
当時、灰色の門扉を有する個人邸宅の北側は、緑が生い茂る空き地が広がっていたが、現在は住宅が建ち並び、様子が一変している。
尚、路上駐車がやたらと目立つが、おそらくは『東映生田スタジオ』関係者のものと思われる。

S029019 S029020
左:2012年12月
右:2013年12月
写真に写る白い山形の構造物は、『シェモア』の門柱。
一目瞭然、『シェモア』の北隣にあった、灰色(当時)の門扉を有した邸宅は跡形もなく消え去り、現在は駐車場に姿を変えている。
結果、『シェモア』の1階通路を北側から確認することが可能となった。
『仮面ライダー』第4話では、ここを健二らが行き来したのである。

S029018
上:2015年9月
かつて、宮下姉弟が暮らしていた「生田の静春荘」。
尚、「シェモア」は、おそらくフランス語の「Chez-moi」、〝私の家〟という意味である。


(主参考文献)
「川崎市稲田地区明細地図 昭和44年度版」(経済地図社)
「川崎市稲田地区明細地図 昭和46年度版」(経済地図社)
「川崎市稲田地区明細地図 昭和48年度版」(経済地図社)
「川崎市麻生区明細地図 87年度版」(ゼンリン)
「川崎市麻生区明細地図 95年度版」(ゼンリン)


(映画像掲載作品)放映順
『仮面ライダー』第4話「人喰いサラセニアン」(1971/4/24放送)
『好き!すき!!魔女先生』第8話「うそつき先生」(1971/11/21放送)
『好き!すき!!魔女先生』第11話「0点バンザイ!!」予告編(1971/12/5放送)
『好き!すき!!魔女先生』第11話「0点バンザイ!!」(1971/12/12放送)
『仮面ライダーV3』第17話「デビルスプレーは死神の武器」(1973/6/9放送)
『どっこい大作』第26話「ゴメンよ!!母ちゃん!!」(1973/7/9放送)
『どっこい大作』第32話「パンで突っこめ-パン!?」(1973/8/20放送)
『イナズマン』第4話「日本列島大爆発!!」(1973/10/23放送)
『イナズマン』第15話「影をくわれたお母さん」(1974/1/8放送)


Phase027 End


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Phase026 【ロケ地】川崎市麻生区多摩美/多摩美界隈③PartⅥ

(編集前記)
Phase018で一時中断していたロケ地(『小川商店』以北)の考証を再開したいと思います。



ここに、二つの証言(述懐)がある。

一つは、『かしわや』の店主、故・柏倉さんの証言。
「あの頃、ここから30㍍程北へ行った所にスナックがありまして、スタジオ関係の方々がよく飲み会をしていましたよ」

もう一つは、「魂の仮面ライダー爆談!![COMPLETE+]」(著/村枝賢一 鴬谷五郎 2011年/辰巳出版)に掲載された、内田有作と村枝賢一氏(『仮面ライダーSPIRITS』原作者)との対談で、『東映生田スタジオ』の昼食事情について触れられた部分―。
村枝 「あと、生田に関しては言えば、周りにメシ屋も少なかったんですよね?」
内田 「メシ屋なんかなかった。」
村枝 「二軒ぐらいしかなかたって聞きました(笑)」
内田 「いやいや、最初は一つもなかったけど、そのうち生田の通りに蕎麦屋が出来たんだよ」
村枝 「あぁ、途中で出来たんですね」
内田 「そう。最初は駅前まで歩いて行かなきゃなかった」
(原文一部改)

ここで、内田の言う〝生田の通り〟とは、『かしわや』や『小川商店』の前の通りと考えてまず間違いない。
しかし、現在、その通りには、スナックがなければ蕎麦屋もない。
あるのは住宅のみで、飲食関係のお店自体がない。

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上:『イナズマン』第17話より(映①)
これは、『小川商店』前で撮影された、『イナズマン』第17話「謎の対決!ふたりの渡五郎!!」において、渡五郎(演/伴直弥)が住民から轢き逃げの容疑を掛けられ、追及を受けるシーン。
よく見ると、『小川商店』(薄茶色の日差し除けのある店)の奥に、白い文字の書かれた黒い日差し除けが確認出来る。
これが、前述のお店の正体である。
では、スナックなのか、蕎麦屋なのか?
その答えは、『仮面ライダーV3』第27話「生きかえったゾル・死神・地獄・ブラック」の映像に隠されていた。

028002
上:『仮面ライダーV3』第27話より(映②)
これは、映画像①とは逆に北側から捉えたアングルで、バイクに跨る出前持ちの背後が『小川商店』。
映画像①に写る群衆は、この辺りに立っていたこととなる。

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上2枚:『仮面ライダーV3』第27話より(左:映③ 右:映④)
028005 028006
上2枚:『仮面ライダーV3』第27話より(左:映⑤ 右:映⑥)
映画像⑤、⑥は、それぞれ映画像③、④を拡大したもの。
黒い日差し除けは蕎麦屋のもので、店名を『らんど戸隠』といった。
そして、映画像②からも明らかなように、同じ棟内にスナックも存在したのである。
映像では、硝子扉が開いているため、文字が反転しているが、店名を『Snack司』といった。

S028003
上:2009年10月
映画像②の現在の様子。
アコーディオン式のシャッターがある場所が、かつて『小川商店』があった箇所。
そして、白い建物の左のシャッター部分に『らんど戸隠』、その右側に『Snack司』があった。
『かしわや』の故・柏倉さんが仰った〝スナック〟、内田有作が述懐する〝蕎麦屋〟は、かつてここに存在したのである。
右に見える階段にのみ、往時の名残が感じられる。

前述したように、村枝賢一氏との対談時、内田は、当時の『東映生田スタジオ』周辺の飲食店事情について、「メシ屋なんかなかった」「最初は一つもなかった」「最初は駅前まで歩いて行かなきゃなかった」と、証言している。
『東映生田スタジオ』が開設されたのは、昭和46年2月1日。
しかし、「川崎市稲田地区明細地図 昭和46年度版」(経済地図社)には、後に『らんど戸隠』、『Snack司』が建つ箇所に「小料理 山路」というお店の名が記されており、内田の証言とは明らかに矛盾する。
一体、どういうことか?
この経済地図社の住宅地図では、居住者の増加を▲、同変更はの記号が付記されており、以下の変遷を辿っている。
(昭和44年) 用地
(昭和46年) ▲「小料理 山路」
(昭和48年) 『Snack司』
(昭和50年) 『Snack司』 『らんど戸隠』
つまり、これだけをそのまま捉えると、昭和46年、用地だった場所に「小料理 山路」が建てられ、次いで昭和48年に居住者が変更、「Snack司」になったこととなる。
内田の言う〝蕎麦屋〟とは、「小料理 山路」のことだったのだろうか?
同店が、昭和46年でも随分と月日を経てから建てられたのであれば、それも分からなくもない。
しかし、〝蕎麦屋〟と〝小料理〟を勘違いするとはさすがに考え難く、やはり彼の言う〝蕎麦屋〟とは、『らんど戸隠』と考えて、まず間違いないだろう。

ところで、昭和50年、その『らんど戸隠』には▲もも付記されておらず、また昭和48年には名前さえ記されていないことから、おそらくこの住宅地図は、前年の増加、変更をもとに作成されたものであることが予想される。
つまり、昭和45年、昭和47年、昭和49年は調査年だったと。
例えば昭和48年度版は、前年の昭和47年に調査が行われ、それをもとに記載されたというように、当時のそれは一年置きに実施されたとは考えられないだろうか。
事実、、地元の川崎市内の図書館を始め、国会図書館でも、この三年分の住宅図は存在を確認することが出来ない。

すると、『らんど戸隠』は、昭和47年の調査以降、昭和48年内に建てられた(増加した)とは考えられないだろうか。
昭和50年度版に突如、その名前が『Snack司』と同地に現れたにも関わらず、▲が付記されていないのが何よりの証左である。
また、そうでなければ、映画像②の説明がつかない。
映画像②、つまり『仮面ライダーV3』第27話が放送されたのは、1973年(昭和48年)8月18日。
この段階(撮影は、1973年6月頃か)で、『らんど戸隠』は既に存在しており、建てられたのは昭和49年でないことは明らかである。

そう考えると、「小料理 山路」は、昭和43年の調査が行われた後、昭和45年の調査以前に建てられたこととなり、前述、内田の証言が正しいとするならば、彼が折田至と初めてこの地を訪れた昭和45年12月には早くも閉店(Phase008参照)、昭和46年度版に「小料理 山路」が記載されているにも関わらず、「メシ屋なんかなかった」と、彼が述懐したのにも合点がいく。

028008 028009
S028008
上2枚:『仮面ライダーV3』第7話より(左:映⑦ 右:映⑧)
下:2009年10月
映画像①同様、『仮面ライダーV3』第7話「ライダーV3怒りの特訓」では、一部、『らんど戸隠』、『Snack司』を南側から捉えたアングルが確認出来る(ここにも、「パイゲンC」が・・・)。


ある『東映生田スタジオ』作品のロケ地を解明するにあたっては、種々のアプローチ法があるが、同作品の他エピソード、或いは他の『東映生田スタジオ』作品に映し出される風景が、その突破口になり得ることは決して珍しいことではない。
『仮面ライダー』第76話「三匹の発電怪人シードラゴン!!」において、「怪獣カンヅメ・モンスター」を販売していたタバコ屋として使用された『小川商店』も例外ではなく、その解明の過程で『仮面ライダーV3』や『イナズマン』の果たした役割は非常に大きかった。
しかし、もっと早くに『どっこい大作』にアプローチ出来ていれば・・・。
その第3クール以降、『小川商店』が、「ハッピーパン」としてメインロケ地に使用されたのは、前述したとおり。
そのため、隣にあった『らんど戸隠』、『Snack司』も、多くのエピソード、多くのシークエンスにおいて、その在りし日の姿がフィルムに収められることとなったのである。
以下に、その一部を掲載する。

028010 S028011
左:『どっこい大作』第30話より
右:2016年4月
劇中、『らんど戸隠』は、「日の出屋」という設定で使用された。
「仕出し 弁当 折詰」の部分に、元々何が書かれていたかは不明。

028013 S028012
左:『どっこい大作』第32話より
右:2016年4月
『Snack司』前を小走りに駆ける女性。
尚、これは、あくまで愚見だが、この女性、若かりし日の故・柏倉ミエ子さんに思えてならない・・・。

028014 S028009
左:『どっこい大作』第35話より
右:2010年12月
映画像⑦、⑧とほぼ同様のアングル。
この道の先に、『東映生田スタジオ』、もとい「細山スタジオ」があった。

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左:『どっこい大作』第37話より
右:2016年4月
「日の出屋」の暖簾の背後に、ガラスケースに並んだ、『らんど戸隠』のメニュー・サンプルが確認出来る。

028017 S028016
左:『どっこい大作』第37話より
右:2012年9月
硝子扉が閉められた状態の『Snack司』。
〝司〟の文字が、はっきりと確認出来る。

028018 S028018
左:『どっこい大作』第38話より
右:2016年4月
〝手づくりの味〟と書かれた水色の箱は、映画像②でも確認することが出来る。
前述したように、『仮面ライダーV3』第27話が放送されたのは、1973年(昭和48年)8月18日。
『どっこい大作』が、間もなく第3クールの折り返し地点を迎えようとしていた頃であり、前後して、二作品の制作(撮影)が同時に行われたと思われる。
尚、『どっこい大作』は、第38話、第39話(第3クール)の撮影が終了した1973年8月1日を以って、一度制作を休止しており、第40話(第4クール)の撮影が再開されたのは、実に三十九日後の9月10日であった。

028019 S028020
左:『どっこい大作』第38話より
右:2016年4月
北側のブロック塀が現存しているのが分かる。
奥に見えるツインの看板下段は、「パイゲンC」。



028024 S028024
左:『どっこい大作』第31話より
右:2016年4月
掲載したのは、『どっこい大作』第31話「ふくらめ! パンパカパン!!」で、孫一(演/由利徹)が高級車で「ハッピーパン」前に乗り付けるシーン。
背後に写るのは、故・柏倉さんのお母さん宅にあったガレージ部分で、『らんど戸隠』のほぼ正面に位置していた。

028025 S028028
左:『どっこい大作』第37話より
右:2016年4月
現在、ガレージは既に取り壊され、邸宅が建てられている。

028026 S028029
左:『どっこい大作』第31話より
右:2011年7月
掲載した映画像で、トラックの背後(絵手前)に写るのは「神尾アパート」(当時)。
つい最近まで、西側二階部分には往時の面影が残されていた。
因みに、「神尾アパート」は、その後、「北陽荘」と名前を変えて経営されていたが、現在は個人邸宅となっている。

028027 S028030
左:『仮面ライダーV3』第27話より
右:2011年7月
『仮面ライダーV3』第27話において、デストロン戦闘員が猛毒ガス・ギラードガンマーを散布するシーンの一部で、「神尾アパート」の二階部分が映し出される。

028028 028029
左:『イナズマン』第15話より
右:『イナズマン』第17話より
共に、『イナズマン』で映し出された「神尾アパート」の二階部分。

S028032
上:2016年4月
「神尾アパート」の現在の姿。
前述したとおり、最近になって、洒落た邸宅に改築された。

028030 028031
上2枚:『仮面ライダーV3』第17話より
S028033
上:2008年12月
掲載した映画像は、『仮面ライダーV3』第17話「デビルスプレーは死神の武器」で、デストロンの怪人・スプレーネズミが細菌兵器デビルスプレーを一般市民に噴射するシーン。
スプレーネズミが立つのは、「神尾アパート」の北西角。
たくさんの鉢植えが置かれている場所に、当時、青い階段が設置されていたことが分かる。
青いペダルカーに乗っていたお子さんも、当然『仮面ライダーV3』に夢中になっていたことだろう。
但し、前述したように、この僅かに残された雰囲気も既に感じることは叶わない。

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上2枚:『仮面ライダーV3』第27話より
S028035
上:2012年11月
ギラードガンマーの犠牲者が横たわるのは、「神尾アパート」北側の路地。
この路地の反対側(北側)には、『仮面ライダー』で使用されたあのロケ地が・・・。

(主参考文献)
「魂の仮面ライダー爆談!![COMPLETE+]」(著/村枝賢一 鴬谷五郎 2011年/辰巳出版)
「川崎市稲田地区明細地図 昭和44年度版」(経済地図社)
「川崎市稲田地区明細地図 昭和46年度版」(経済地図社)
「川崎市多摩地区明細地図 昭和48年度版」(経済地図社)
「川崎市多摩地区明細地図 昭和50年度版」(経済地図社)


(映画像掲載作品)放映順
『仮面ライダーV3』第7話「ライダーV3 怒りの特訓」(1973/3/31放送)
『仮面ライダーV3』第17話「デビルスプレーは死神の武器」(1973/6/9放送)
『どっこい大作』第30話「男一匹こなごなだ!!」(1973/8/6放送)
『どっこい大作』第31「ふくらめ! パンパカパン!!」(1973/8/13放送)
『仮面ライダーV3』第27話「生きかえったゾル・死神・地獄・ブラック」(1973/8/18放送)
『どっこい大作』第32「パンで突っこめ-パン!?」(1973/8/20放送)
『どっこい大作』第35ウソかマコトか?パンで勝負だ!!「」(1973/9/10放送)
『どっこい大作』第37父ちゃんがいた!!「」(1973/9/24放送)
『どっこい大作』第38「今に見てくれおッ母さん!!」(1973/10/1放送)
『イナズマン』第15話「影をくわれたお母さん」(1974/1/8)
『イナズマン』第17話「謎の対決!ふたりの渡五郎!!」(1974/1/22放送)


Phase026 End


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Phase025 『東映生田スタジオ』⑤ 【概要&(A)入口方面より】

所長、内田有作。
1971年2月1日、『東映生田スタジオ』始動。

ようやくの思いでスタジオ確保に漕ぎ着けたものの、新番組の放送開始まで残された時間は極僅か。
一息つく間もなく、スタジオでは、急ピッチで制作に向けての体制作り、整備が進められたという。

新番組とは、言うまでもなく『仮面ライダー』(1971年/毎日放送 NET系)。
その黎明期における制作エピソードは、これまでも数多くの関連書籍で披露されているが、何度読み返しても、その興味は尽きない(何れ、まとめてみたいと思う)。

では、『仮面ライダー』以外に、『東映生田スタジオ』ではどのような作品が制作されたのだろうか。
この点についても既知の内容ではあるが、改めてまとめてみたいと思う。

作品年表
上:主な『東映生田スタジオ』作品一覧表(作表/hide男)

ここに掲載したのは、テレビ作品に限ってのもの(各々、放送開始月、終了月を表記)。
尚、過去に刊行された某書籍、及び一部ネットには、『5年3組魔法組』(1976年/東映・NET系)も『東映生田スタジオ』作品であるとの記述が見受けられるが、事実ではない。
また、劇場用作品(テレビ放映分のブロー・アップ版は除く)としては、以下の八作品が制作されている。
・『仮面ライダー対ショッカー』(1972年3月18日公開)
・『仮面ライダー対じごく大使』(1972年7月16日公開)
・『仮面ライダーV3対デストロン怪人』(1973年7月18日公開)
・『飛び出す立体映画 イナズマン』(1974年3月16日公開)
・『五人ライダー対キングダーク』(1974年7月25日公開)
・『フィンガー5の大冒険』(1974年7月25日公開)
・『秘密戦隊ゴレンジャー 爆弾ハリケーン』(1976年7月22日公開)
・『ジャッカー電撃隊VSゴレンジャー』(1978年3月18日公開)

こうして見ると、今も燦然と輝きを放ち、後世に多大な影響を及ぼした作品が実に多いことか。
エポック・メイキングな作品も多く、そこに関係諸氏らの意地と野心、そして夢に満ちた挑戦を感じずにはいられない。

では、その源流・『東映生田スタジオ』は、どのような施設で構成されていたのだろうか。
以下は、「仮面ライダーSPIRITS~受け継がれる魂Ⅱ~」(2003年/講談社)に掲載された「完全図解 これが生田スタジオだ!」(監修/内田有作)をベースに作成したスタジオ概略図である。

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上:『東映生田スタジオ』概略図(作図/hide男)
広さ(大きさ)や配置は厳密ではなく、また時期によっても異なるが、第3ステージが増設された頃(詳細は改めて記載)と考えて頂きたい。

関連書籍において、これまで何度か『東映生田スタジオ』の現在がルポルタージュされており、また劇中、スタジオの施設それ自体が、言わばセットとして使用されたこともあるため、すぐさま具体的な画や映像が頭に浮かんだ方も多いのではないだろうか。

そこで、当ブログにおける『東映生田スタジオ』の項では、各施設毎での考察を行い、在りし日のスタジオに思いを馳せてみたいと思う。


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上:『仮面ライダーアマゾン』第16話より
S025001
上:2011年10月
まずは、俯瞰アングルから。
掲載した映画像は、『仮面ライダーアマゾン』第16話「ガランダーの東京火の海作戦!!」劇中、「市山火薬工場」という設定で映し出された、在りし日の『東映生田スタジオ』。
左より第1ステージ、スタッフルーム、制作ルーム、第2ステージが確認出来る。
映像でここまで広範囲に記録されているものは、これが唯一(実際の映像では、横パン)。
かつて、両脇に森林が迫り、撮影所としては実に狭く鬱蒼としたこの場所で、内田有作を始めとするスタッフ&キャスト陣は情熱を燃やし、『仮面ライダー』を始めとする数々の作品を世に送り出していたのである。

尚、周知のとおり、『東映生田スタジオ』、もとい「細山スタジオ」は、残念ながら既に存在しない。
1978年、東映(東京制作所)は、『透明ドリちゃん』(テレビ朝日)の制作を以って「細山スタジオ」との賃貸契約を解除。
同年5月6日からは、CFなどの撮影スタジオとして「C.A.L」によって管理、使用されたが、こちらも1995年2月末日を以って完全撤退している。
そして、同年3月、諸般の事情により、全ての施設が取り壊され、現在、その跡地は、「土方第一駐車場」と、「櫟」という一軒の蕎麦屋(但し、2011年5月を以って閉店)に姿を変えている。
因みに、関連書籍や一部ネットには、マンション建設が取り壊しの理由と記されているものがあるが、それは事実ではない(更に言えば、「土方第一駐車場」と「櫟」の建設も、その直接の理由ではない)。


【(A)入口方面より】
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上2枚:特写より
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上:MGG様ご提供写真より(写①)
S025006
上:2012年4月
掲載した特写は、何れもスタジオ入口方面から敷地内を捉えたアングルで、『仮面ライダー』第1話「怪奇蜘蛛男」クランク・イン直後に撮影されたものと思われる。
尚、当時はスタジオに正式な入口(門)はなく、守衛も配備されていなかったという。
また、写真①は、「Looking for locations.」を開設されているMGG様よりご提供頂いた、「C.A.L」期に撮影された大変貴重なスチールである(厳密には、その読者でいらっしゃる匿名の方からご提供されたもので、1991~92年頃に撮影されたとのこと)。
「Looking for locations.」は、『仮面ライダー』を中心とした70年代の特撮番組のロケ地について、現代のそれと比較・考証をされているブログであり、稚ブログにもリンク先を記しているので、その素晴らしい記事の数々を是非ご覧頂きたいと思う。
現在、手前に広がるのが「土方第一駐車場」、奥に見える白い建物が蕎麦屋「檪」である。

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上左:2009年11月
上右:2010年4月
下左:2011年2月
下右:2012年7月
春夏秋冬、季節によって随分と印象の異なる『東映生田スタジオ』(跡地)。
因みに、かつて、この入口周辺に杭が設置されていた時期があったという。
概略図でいう(A)から西側の笹薮の斜面に沿って歩き、(M)の遊歩道①を抜けると、現在の『多摩美公園』、多摩美2丁目、更には『よみうりランド』へと辿り着く。
しかし、スタジオ在りし頃、関係者らの車輌は勿論、機材搬出入用のトラックなども頻繁に出入りし、徒歩での通り抜けが困難になることが度々あったというのだ。
そこは公道ではなかったが、近隣住民の中には良く思わない方もいらっしゃり、抗議の意思表示として杭を設置されたのだという。
このままでは、車輌が敷地内に進入出来ず、仕事にならない。
しかし、今後もスタジオを運営していくには、やはり近隣の方々の理解と協力は不可欠。
内田有作は、すぐさま話し合いの場を設け、別所に関係者用の駐車場を賃貸すると約束、結果、間もなくして杭は撤去されたという。
このエピソードは、箕輪広実氏より伺ったもので、「親父(箕輪正治氏)から聞いた憶えがあります。実は、先日、○○さん(当時から近くにお住いの方)にこの話をしたところ、「あぁ、そんなことがあったなぁ」と、その方もよく憶えていらっしゃいました」とのこと。
今となっては、懐かしい思い出といったところだろうか・・・。
尚、別途、東映が賃貸した駐車場は、ある『東映生田スタジオ』作品にも記録されており、改めて考証を行いたいと思う。

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上:岡村氏ご提供写真より
掲載した写真は、隣接する住宅にお住まいの岡村克彦氏からご提供頂いた、大変貴重なプライベート・スナップ。
時期としては、1974年末頃と思われる。
トラックの荷台に乗っているのは、『仮面ライダーアマゾン』に登場した十面鬼で、その背後に写るのはスタッフルーム、手前の建物は第2ステージである。
よく見ると、第2ステージの入口扉には、「No88」「東日(映のひへん部分)」「田(生田の田?)」の手書き文字が確認出来る。


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上3枚:2010年4月
写真に写るお二人は、当時のスタジオの様子を身振り手振りで解説してくださっている、その岡村氏(右)と箕輪広実氏(左)。
「彼はとにかくお酒が大好きで、よく一升瓶を担いで家に来た。いい男だったなぁ」とは、岡村氏による内田有作評。
また、「当時はクーラーが無く、夏場は網戸で寝ていたが、ロケに出発するトラックは早い時には朝4時頃から準備をするので、うるさくて寝られなかった(笑)」「町内の会合によく会議室を借りていた」など、岡村氏からは、スタジオに隣接する場所に居住しなければ体験し得ない、居住していたからこそ体験し得たエピソードも数多く教えて頂いた。
更には、「「C.A.L」の頃、ナブラチロワがCMか何かの撮影で来ていて、うちにトイレを借りに来たことがあった。と言うのも、うちは当時から洋式だったけど、スタジオは和式だったので(笑)。その時、息子はテニス部に所属していて、うちにあったラケットを見つけた彼女はサインをしていった。学校から帰ってきた息子は、当然大喜びだった」という逸話も披露してくださった。


(謝辞)
「C.A.L」期に撮影された写真のご提供、並びに掲載をご快諾頂きましたMGG様、そして元提供者でいらっしゃいます「Looking for locations.」読者の方(匿名)に心より感謝申し上げます。
有難うございました。
また、当時の貴重な逸話を披露してくださった岡村克彦氏に、この場を借りて改めて御礼申し上げます。

(主参考文献)
「仮面ライダーSPIRITS~受け継がれる魂Ⅱ~」(2003年/講談社)


(映画像掲載作品)
『仮面ライダーアマゾン』第16話「ガランダーの東京火の海作戦!!」(1975/2/1放送)


Phase025 End


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Phase024 【ロケ地】川崎市麻生区多摩美/多摩美界隈⑨PartⅡ


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左:『超人バロム・1』第26話より
右:2010年12月
『超人バロム・1』第26話「魔人ハネゲルゲが赤い月に鳴く」で、猛の投げたボップに反応し、ジャンプする健太郎のカット。
この後、二人は、バロム・1に変身する。
場所は、Phase023で取り上げた個人邸宅から階段を挟んだ反対側。

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左:『超人バロム・1』第26話より(映①)
右:2010年12月
『超人バロム・1』第26話で、バロム・1と対峙するハネゲルゲ。
上述したガレージ脇にハネゲルゲが立っている。


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左:『超人バロム・1』第20話より
右:2010年12月
映画像①でハネゲルゲの背後に写る、ハートをモチーフにした(?)白いフェンスが特徴的な邸宅。
ここに掲載した映画像は、Phase023に掲載した階段から撮影されている。
『超人バロム・1』第20話「魔人サソリルゲが地上を征服する!!」では、猛(演/飯塚仁樹)の姉・紀子(演/戸島和美)の友人・明美(演/大森不二香)の家として使用された。

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左:『超人バロム・1』第20話より
右:2010年12月
この洋風然とした佇まいは、恰も高台に聳える古城と言える、・・・言えた。

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左:『好き!すき!!魔女先生』第23話より
右:2015年11月
『好き!すき!!魔女先生』第23話「恐怖の毒薬!地獄の妖女」では、月ひかる(演/菊容子)の教え子・岡本カオル(演/高柳孝子)の実家という設定で使用された。

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上2枚:『好き!すき!!魔女先生』第23話より
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下:2015年11月
『好き!すき!!魔女先生』第23話で、月先生がアンドロ仮面に変身したのは、外灯の前。

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左:『超人バロム・1』第20話より
右:2008年12月
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左:『超人バロム・1』第20話より
右:2008年12月
猛らが開けようとした玄関も健在・・・、だった。

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上:2017年3月
2017年3月現在、フェンスを残し、更地となっている。
建て替えかは不明だが、古城は幻と消えた・・・。


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上2枚:『好き!すき!!魔女先生』第17話より
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下:2009年8月
『好き!すき!!魔女先生』第17話「恐怖の帝王アンドロメダ来る!」で使用された坂道で、上掲の古城然とした邸宅の南側に位置する。
掲載した映画像は、教頭先生(演/牧冬吉)が、東西学園の生徒・小島タケシ(演/川口英樹)の弟(演/役者不明)を捜索するシーン。
奥に見えるのは、『川崎市立西生田小学校』の旧校舎と旧体育館である(平成12年に全面建て替え工事が行われ、現在は近代的校舎に様変わりしている)。
尚、Phase023で紹介した「多摩美台ものがたり」には、「私の見た時は、前にお話しした嵐のため、跡かたもなく崩れ落ち、赤土の急斜面の中に、点々として大谷石が転がり、まことに惨憺たる有様でした」(原文まま)という記述がある。
〝嵐〟とは、1958年9月26日に襲来した伊勢湾台風のことで、〝赤土の急斜面〟とは、この坂道周辺を指している。

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左:『どっこい大作』第11話より
右:2016年4月
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左:『どっこい大作』第11話より
右:2016年4月
掲載した映画像は、『どっこい大作』第11話「呪いの味をうち砕け!!」で、この坂を転げ落ちるラーメン太郎(演/山田太郎)。
上掲の『好き!すき!!魔女先生』に映る風景とはあまり変わりないようである。


(主参考文献)
「多摩美台ものがたり」(佐藤憲次/1984年)


(映画像掲載作品)放映順
『超人バロム・1』第26話「魔人ハネゲルゲが赤い月に鳴く」(1972/9/24放送)
『超人バロム・1』第20話「魔人サソリルゲが地上を征服する!!」(1972/8/13放送)
『好き!すき!!魔女先生』第23話「恐怖の毒薬!地獄の妖女」(1972/3/5放送)
『好き!すき!!魔女先生』第17話「恐怖の帝王アンドロメダ来る!」(1972/1/23放送)
『どっこい大作』第11話「呪いの味をうち砕け!!」(1973/3/19放送)


Phase024 End


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Phase023 【ロケ地】川崎市麻生区多摩美/多摩美界隈⑨PartⅠ

今回は、『多摩美界隈』某所に佇む階段を取り上げたいと思う。

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S022002
上2枚:『仮面ライダー』第96話より
下:2016年4月
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左:『仮面ライダー』第96話より
右:2008年12月
この階段では、『仮面ライダー』第96話「本郷猛 サボテン怪人にされる!」において、サボテンバットが主婦らをサボテン化するシーンの一部が撮影された。
現在、往時には無かった手摺りが中央に備え付けられ、ステップ自体も既に改修されている。

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左:『仮面ライダー』第96話より
右:2005年12月
サボテンバットのアップ・カットが撮られた階段中程からの俯瞰アングル。

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左:『好き!すき!!魔女先生』第21話より
右:2008年12月
『仮面ライダー』第96話の放送から約一年前、『好き!すき!!魔女先生』第21話「呪いの金貨」で映し出された階段の様子。
ここは、天候や時間帯によって随分と違う印象を与えるが、やはり最も絵になるのは、晴れた日の夕刻。
階段に写し出される街のシルエットが美しくも、何処かもの悲しい。

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左:『どっこい大作』第14話より
右:2015年11月
まだ多摩美が多摩美台と呼ばれていた頃、「多摩美台長寿会会報」の第42号から第59号にかけて、「多摩美台ものがたり」と題された手記が連載された。
これは、昭和33年からこの地にお住まいになられていた故・佐藤憲次氏が手掛けたもので、昭和59年には、ご子息の憲光氏が小冊子にまとめられている。
そこには、多摩美(多摩美台)の変遷が詳細に述べられており、この階段についても、「今は立派になって居りますが、大谷石まるだしの階段が、今の通りの状態で出来て居りました」(原文まま)などと、数箇所にその様子が記載されている。
掲載した映画像は、『どっこい大作』第14話「すごい奴がまっていた!!」に映し出される、〝大谷石まるだし〟時の階段の様子。
これはこれで、非常に味わい深いものがあるのだが・・・。

022011 S022015
左:『好き!すき!!魔女先生』第21話より(映①)
右:2009年8月
022012 S022016
左:『好き!すき!!魔女先生』第21話より
右:2010年12月
こちらは俯瞰で捉えたアングル。
好き!すき!!魔女先生』第21話では、正夫(演/藤江善幸)が、世界中のコインをクラスメイトに売り、小遣い稼ぎをしようとするシーンが撮影された。
一目瞭然、擁壁の一部とフェンスが見事なまでに現存する・・・現存した(詳細は次回)。
東への路地脇にある擁壁は、後年に改修されたようである。
尚、映画像①でも分かるとおり、『好き!すき!!魔女先生』には、この後、『仮面ライダー』で少年仮面ライダー隊のナオキを演じた矢崎智紀、『仮面ライダーV3』で珠シゲルを演じた川口英樹を始め、当時、名を馳せた子役達が数多く出演している。

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左:『超人バロム・1』第20話より
右:2008年12月
『超人バロム・1』第20「魔人サソリルゲが地上を征服する!!」でワン・カットだけ使用された階段の俯瞰アングル。

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左:『どっこい大作』第15話より
右:2016年4月
022015 S022021
左:『どっこい大作』第15話より
右:2008年12月
『どっこい大作』第15話「磨け!鬼の道!!」に映し出された俯瞰アングル。
階段下部西側のガレージが現存する。

022016 S022022
左:『どっこい大作』第15話より
右:2015年5月
階段上で、麻生区高石3丁目方面をアップで捉えたアングル。
この眼下東側に「魚千代」という魚屋があるが、前述の「多摩美台ものがたり」には、昭和33年頃のこの周辺の様子が以下のように記されている。
「魚千代から少し階段寄りの処にそれこそわびしい裸電球の外灯がポツンとともされ如何にも未開地だなと思わせましたが、それでも魚千代の店の灯りと共に、防犯にはいくらか役に立ったものです」(原文まま)

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左:『超神ビビューン』第22話より(映②)
右:2015年5月
『超神ビビューン』第22話「蛙が娘になる?ごめんね母さん」制作時、緑色の手摺りが設置されていたことが分かる。


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上2枚:『好き!すき!!魔女先生』第6話より
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上2枚:『超人バロム・1』第26話より
S022024
上:2008年12月
掲載したのは、今も階段脇に佇む個人邸宅。
『好き!すき!!魔女先生』第6話「僕の弟はロボットだ!」では坂井邸として、『超人バロム・1』第26話「魔人ハネゲルゲが赤い月に鳴く」ではシゲル(演/高尾将嘉)の家として使用された。

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左:『超神ビビューン』第22話より
右:2015年5月
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左:『超神ビビューン』第22話より
右:2015年5月
『超神ビビューン』第22話制作時、階段は既に大谷石からコンクリートに改修されていたことが分かる。

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左:『好き!すき!!魔女先生』第6話より
右:2009年8月
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左:『超人バロム・1』第26話より
右:2009年8月
門柱、及び門はリフォームされているが、その基本的凹凸構造は変わらない。
因みに、『好き!すき!!魔女先生』第6話では、元松竹の看板スター・小山明子が特別出演、坂井ノブオ(演/佐久田修)の母親役を好演した。
その際、『東映生田スタジオ』では大掃除が行われ、万全の態勢が敷かれたという。

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左:『超人バロム・1』第26話より
右:2008年12月
猛(演/飯塚仁樹)の背後に見える側溝が現存する。
前述の「多摩美台ものがたり」によると、多摩美(多摩美台)が開発され、住宅地として売り出されたのは、この階段周辺からだったという。

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左:『好き!すき!!魔女先生』第21話より
右:2009年8月
022028 S022034
左:『超人バロム・1』第26話より
右:2010年12月
S022035
上:2015年5月
現存する南側の擁壁。
芝生が植えられるなど綺麗に整備されているが、当時の雰囲気を存分に感じることが出来る。

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左:『好き!すき!!魔女先生』第6話より
右:2008年12月
022030 S022037
左:『好き!すき!!魔女先生』第6話より
右:2009年8月
掲載した映画像は、『好き!すき!!魔女先生』第6話において、坂井ノブオの家を後にする月ひかる(演/菊容子)と旗野先生(演/森本レオ)のシーン(上)、及びノブオがバラバラになった弟のケイタロー(ノブオが作ったロボット)を背負い、失意のうちに帰宅するシーン(下)で、共に擁壁の南側を階段から捉えた俯瞰アングル。
当時、ここに建っていた緑色のトタン屋根をした平屋建ては、その後、二階建てに増改築された(映画像②参照)ようである。

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左:『好き!すき!!魔女先生』第21話より
右:2010年12月
上掲した写真からも分かるように、一時期、更地の状態が続いていた(少なくとも、2005年の段階では既に更地であった)が、2010年に入り、白亜のコーポと一軒家が建築された。
掲載した映画像と写真を見比べてみると、西側奥に見える、外壁が茶色の住宅が現存しているのが分かる。


(主参考文献)
「多摩美台ものがたり」(佐藤憲次/1984年)


(映画像掲載作品)放映順
『好き!すき!!魔女先生』第6話「僕の弟はロボットだ!」(1971/11/7放送)
『好き!すき!!魔女先生』第21話「呪いの金貨」(1972/2/20放送)
『超人バロム・1』第20「魔人サソリルゲが地上を征服する!!」(1972/8/13放送)
『超人バロム・1』第26話「魔人ハネゲルゲが赤い月に鳴く」(1972/9/24放送)
『仮面ライダー』第96話「本郷猛 サボテン怪人にされる!」(1973/1/27放送)
『どっこい大作』第14話「すごい奴がまっていた!!」(1973/4/9放送)
『どっこい大作』第15話「磨け!鬼の道!!」(1973/4/16放送)
『超神ビビューン』第22話「蛙が娘になる?ごめんね母さん」(1976/12/14放送)


Phase023 End


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hide男

Author:hide男
東映生田スタジオと同作品ロケ地研究の場です。

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